2011年12月20日火曜日

クリスマスは私たちに何を語られるのか(二)

クリスマスは私たちに何を語られるのか(二)
2011年12月20日、吉祥寺学び会
ゴットホルド・ベック

ルカ
1:24 その後、妻エリサベツはみごもり、五か月の間引きこもって、こう言った。
1:25 「主は、人中で私の恥を取り除こうと心にかけられ、今、私をこのようにしてくださいました。」
1:26 ところで、その六か月目に、御使いガブリエルが、神から遣わされてガリラヤのナザレという町のひとりの処女のところに来た。
1:27 この処女は、ダビデの家系のヨセフという人のいいなずけで、名をマリヤといった。
1:28 御使いは、はいって来ると、マリヤに言った。「おめでとう、恵まれた方。主があなたとともにおられます。」
1:29 しかし、マリヤはこのことばに、ひどくとまどって、これはいったい何のあいさつかと考え込んだ。
1:30 すると御使いが言った。「こわがることはない。マリヤ。あなたは神から恵みを受けたのです。
1:31 ご覧なさい。あなたはみごもって、男の子を産みます。名をイエスとつけなさい。
1:32 その子はすぐれた者となり、いと高き方の子と呼ばれます。また、神である主は彼にその父ダビデの王位をお与えになります。
1:33 彼はとこしえにヤコブの家を治め、その国は終わることがありません。」

2011年12月13日火曜日

クリスマスは私たちに何を語られるのか?(一)

クリスマスは私たちに何を語られるのか?(一)
2011年12月13日、吉祥寺学び会
ゴットホルド・ベック

マタイ
2:1 イエスが、ヘロデ王の時代に、ユダヤのベツレヘムでお生まれになったとき、見よ、東方の博士たちがエルサレムにやって来て、こう言った。
2:2 「ユダヤ人の王としてお生まれになった方はどこにおいでになりますか。私たちは、東のほうでその方の星を見たので、拝みにまいりました。」
2:3 それを聞いて、ヘロデ王は恐れ惑った。エルサレム中の人も王と同様であった。
2:4 そこで、王は、民の祭司長たち、学者たちをみな集めて、キリストはどこで生まれるのかと問いただした。
2:5 彼らは王に言った。「ユダヤのベツレヘムです。預言者によってこう書かれているからです。
2:6 『ユダの地、ベツレヘム。あなたはユダを治める者たちの中で、決して一番小さくはない。わたしの民イスラエルを治める支配者が、あなたから出るのだから。』」
2:7 そこで、ヘロデはひそかに博士たちを呼んで、彼らから星の出現の時間を突き止めた。
2:8 そして、こう言って彼らをベツレヘムに送った。「行って幼子のことを詳しく調べ、わかったら知らせてもらいたい。私も行って拝むから。」

2011年12月6日火曜日

主イエス様の証し[4]

主イエス様の証し[4]
2011年12月6日、吉祥寺学び会
ゴットホルド・ベック

ヨハネ
10:11 わたしは、良い牧者です。良い牧者は羊のためにいのちを捨てます。

10:15 それは、父がわたしを知っておられ、わたしが父を知っているのと同様です。また、わたしは羊のためにわたしのいのちを捨てます。

10:17 わたしが自分のいのちを再び得るために自分のいのちを捨てるからこそ、父はわたしを愛してくださいます。

今日は、三回目ですけれども、「主イエス様の証し」というテーマでもって、一緒に考えたいと思います。イエス様の三種類の証しとは、どういうものかと言いますと、まず第一、自分自身についての証しであり、二番目、羊たちについての証しであり、そして、第三番目、父なる神についての証しです。

2011年11月22日火曜日

主イエス様の証し[3]

主イエス様の証し[3]
2011年11月22日、吉祥寺学び会
ゴットホルド・ベック

ヨハネ
10:11 わたしは、良い牧者です。良い牧者は羊のためにいのちを捨てます。
10:12 牧者でなく、また、羊の所有者でない雇い人は、狼が来るのを見ると、羊を置き去りにして、逃げて行きます。それで、狼は羊を奪い、また散らすのです。
10:13 それは、彼が雇い人であって、羊のことを心にかけていないからです。
10:14 わたしは良い牧者です。わたしはわたしのものを知っています。また、わたしのものは、わたしを知っています。
10:15 それは、父がわたしを知っておられ、わたしが父を知っているのと同様です。また、わたしは羊のためにわたしのいのちを捨てます。

2011年11月21日月曜日

Prayer of Jonah - Whenever my Heart is Overwhelmed.

Prayer of Jonah - Whenever my Heart is Overwhelmed.
Osaka Gospel Meeting, November 20th, 2011
Yoshio Takahashi

Romans
8:26 Likewise the Spirit also helpeth our infirmities: for we know not what we should pray for as we ought: but the Spirit itself maketh intercession for us with groanings which cannot be uttered.


This is one of my favorite verses. This short verse is filled with messages from God: 'Our weakness' and 'we do not know how to pray as we should'. Amen. The Spirit himself intercedes for us with groans too deep. I still struggle to truly understand the deeply hidden meaning of this sentence.

2011年11月20日日曜日

ヨナの祈り、私の心が衰え果てるとき

ヨナの祈り、私の心が衰え果てるとき
2011年11月20日大阪福音集会
高橋 義夫

ローマ
8:26 御霊も同じようにして、弱い私たちを助けてくださいます。私たちは、どのように祈ったらよいかわからないのですが、御霊ご自身が、言いようもない深いうめきによって、私たちのためにとりなしてくださいます。

わたしの大好きな箇所のひとつです。短い1節にたくさんの神様のメッセージが含まれています。「わたしたちは弱い」さらに「どのように祈ったらよいかわからない者である」、アーメンです。「深いうめきによって御霊がとりなしてくださる」って意味は、まだまだその深さは理解できないでいます。

2011年11月15日火曜日

主イエス様の証し[2]

主イエス様の証し[2]
2011年11月15日、吉祥寺学び会
ゴットホルド・ベック

ヨハネ
10:5 「しかし、ほかの人には決してついて行きません。かえって、その人から逃げ出します。その人たちの声を知らないからです。」
10:6 イエスはこのたとえを彼らにお話しになったが、彼らは、イエスの話されたことが何のことかよくわからなかった。
10:7 そこで、イエスはまた言われた。「まことに、まことに、あなたがたに告げます。わたしは羊の門です。
10:8 わたしの前に来た者はみな、盗人で強盗です。羊は彼らの言うことを聞かなかったのです。
10:9 わたしは門です。だれでも、わたしを通ってはいるなら、救われます。また安らかに出入りし、牧草を見つけます。
10:10 盗人が来るのは、ただ盗んだり、殺したり、滅ぼしたりするだけのためです。わたしが来たのは、羊がいのちを得、またそれを豊かに持つためです。
10:11 わたしは、良い牧者です。良い牧者は羊のためにいのちを捨てます。」

2011年11月13日日曜日

主イエス様の証し[1]

主イエスの証し[1]
2011年11月13日、吉祥寺福音集会
ゴットホルド・ベック

ヨハネ
10:5 「しかし、ほかの人には決してついて行きません。かえって、その人から逃げ出します。その人たちの声を知らないからです。」

10:7 そこで、イエスはまた言われた。「まことに、まことに、あなたがたに告げます。わたしは羊の門です。
10:8 わたしの前に来た者はみな、盗人で強盗です。羊は彼らの言うことを聞かなかったのです。
10:9 わたしは門です。だれでも、わたしを通ってはいるなら、救われます。また安らかに出入りし、牧草を見つけます。
10:10 盗人が来るのは、ただ盗んだり、殺したり、滅ぼしたりするだけのためです。わたしが来たのは、羊がいのちを得、またそれを豊かに持つためです。
10:11 わたしは、良い牧者です。良い牧者は羊のためにいのちを捨てます。

2011年11月1日火曜日

主にある姉妹の証し[1]

主にある姉妹の証し[1]
2011年11月1日、吉祥寺学び会
ゴットホルド・ベック

第1コリント
11:1 私がキリストを見ならっているように、あなたがたも私を見ならってください。
11:2 さて、あなたがたは、何かにつけて私を覚え、また、私があなたがたに伝えたものを、伝えられたとおりに堅く守っているので、私はあなたがたをほめたいと思います。
11:3 しかし、あなたがたに次のことを知っていただきたいのです。すべての男のかしらはキリストであり、女のかしらは男であり、キリストのかしらは神です。
11:4 男が、祈りや預言をするとき、頭にかぶり物を着けていたら、自分の頭をはずかしめることになります。
11:5 しかし、女が、祈りや預言をするとき、頭にかぶり物を着けていなかったら、自分の頭をはずかしめることになります。それは髪をそっているのと全く同じことだからです。
11:6 女がかぶり物を着けないのなら、髪も切ってしまいなさい。髪を切り、頭をそることが女として恥ずかしいことなら、かぶり物を着けなさい。
11:7 男はかぶり物を着けるべきではありません。男は神の似姿であり、神の栄光の現われだからです。女は男の栄光の現われです。

2011年10月18日火曜日

主なる神の家を支配する掟

主なる神の家を支配する掟
2011年1018日、吉祥寺学び会
ゴットホルド・ベック

第1ペテロ
2:4 主のもとに来なさい。主は、人には捨てられたが、神の目には、選ばれた、尊い、生ける石です。
2:5 あなたがたも生ける石として、霊の家に築き上げられなさい。そして、聖なる祭司として、イエス・キリストを通して、神に喜ばれる霊のいけにえをささげなさい。

今日も、聖なる神の宮である教会というテーマを持って学び続けたいと思います。主なる神の家を支配している掟についてです。

2011年9月27日火曜日

神の宮である教会

神の宮である教会
2011年9月27日、吉祥寺学び会
ゴットホルド・ベック

マタイ
16:16 シモン・ペテロが答えて言った。「あなたは、生ける神の御子キリストです。」
16:17 するとイエスは、彼に答えて言われた。「バルヨナ・シモン。あなたは幸いです。このことをあなたに明らかに示したのは人間ではなく、天にいますわたしの父です。
16:18 ではわたしもあなたに言います。あなたはペテロです。わたしはこの岩の上にわたしの教会を建てます。ハデスの門もそれには打ち勝てません。」

18:17 「それでもなお、言うことを聞き入れようとしないなら、教会に告げなさい。教会の言うことさえも聞こうとしないなら、彼を異邦人か取税人のように扱いなさい。」

18:20 「ふたりでも三人でも、わたしの名において集まる所には、わたしもその中にいるからです。」

2011年9月20日火曜日

共に走っていきましょう

共に走っていきましょう
2011年9月20日、吉祥寺学び会
ゴットホルド・ベック

使徒行伝
8:26 ところが、主の使いがピリポに向かってこう言った。「立って南へ行き、エルサレムからガザに下る道に出なさい。」(このガザは今、荒れ果てている。)
8:27 そこで、彼は立って出かけた。すると、そこに、エチオピヤ人の女王カンダケの高官で、女王の財産全部を管理していた宦官のエチオピヤ人がいた。彼は礼拝のためエルサレムに上り、
8:28 いま帰る途中であった。彼は馬車に乗って、預言者イザヤの書を読んでいた。
8:29 御霊がピリポに「近寄って、あの馬車といっしょに行きなさい。」と言われた。
8:30 そこでピリポが走って行くと、預言者イザヤの書を読んでいるのが聞こえたので、「あなたは、読んでいることが、わかりますか。」と言った。
8:31 すると、その人は、「導く人がなければ、どうしてわかりましょう。」と言った。そして馬車に乗っていっしょにすわるように、ピリポに頼んだ。
8:32 彼が読んでいた聖書の個所には、こう書いてあった。「ほふり場に連れて行かれる羊のように、また、黙々として毛を刈る者の前に立つ小羊のように、彼は口を開かなかった。

2011年9月13日火曜日

望みの神

望みの神
2011年9月13日、吉祥寺学び会
ゴットホルド・ベック

ローマ
15:5 どうか、忍耐と励ましの神が、あなたがたを、キリスト・イエスにふさわしく、互いに同じ思いを持つようにしてくださいますように。

15:13 どうか、望みの神が、あなたがたを信仰によるすべての喜びと平和をもって満たし、聖霊の力によって望みにあふれさせてくださいますように。

15:33 どうか、平和の神が、あなたがたすべてとともにいてくださいますように。アーメン。

今、読んでもらいました十三節の中で、「望みの神」という表現が出てきます。イエス様だけが、望みのみなもとです。今日の話をとおして、私たちが、新しく主にお会いし、我々の神だけが望みの神であられることを、新たに知ることができれば、本当に感謝だと思います。

2011年9月6日火曜日

なぜでしょう、何のためか

なぜでしょう、何のためか
2011年9月6日、吉祥寺学び会
ゴットホルド・ベック

創世記
42:36 父ヤコブは彼らに言った。「あなたがたはもう、私に子を失わせている。ヨセフはいなくなった。シメオンもいなくなった。そして今、ベニヤミンをも取ろうとしている。こんなことがみな、私にふりかかって来るのだ。」

ローマ
8:28 神を愛する人々、すなわち、神のご計画に従って召された人々のためには、神がすべてのことを働かせて益としてくださることを、私たちは知っています。


(ナオコ姉妹の賛美、日々の歌26、『小羊は勝利された』)

このイエス様の叫び、「完了した」のゆえに、私たちは、ここで集まることができたのです。もし、イエス様がそう叫ばなかったならば、単なる殉教者として犠牲になったのです。けれども、イエス様は、我々の受けるべき天罰をお受けになり、罪の問題を解決してくださったから、私たちは本当に、前向きに生活することができ、大いに喜ぶことができるのではないでしょうか。

2011年8月22日月曜日

All Her Sins Are Forgiven.

All Her Sins Are Forgiven.
Osaka Gospel Meeting, August 21, 2011
Yoshio Takahashi

Luke
7:36 And one of the Pharisees desired him that he would eat with him. And he went into the Pharisee's house, and sat down to meat.
7:37 And, look, a woman in the city, which was a sinner, when she knew that Jesus sat at meat in the Pharisee's house, brought an alabaster box of ointment,
7:38 And stood at his feet behind him weeping, and began to wash his feet with tears, and did wipe them with the hairs of her head, and kissed his feet, and anointed them with the ointment.
7:39 Now when the Pharisee which had bidden him saw it, he spoke within himself, saying. This man, if he were a prophet, would have known who and what manner of woman this is that touches him. for she is a sinner.
7:40 And Jesus answering said to him. Simon. I have somewhat to say to you. And he says, Master, say on.
7:41 There was a certain creditor which had two debtors. the one owed five hundred pence, and the other fifty.
7:42 And when they had nothing to pay, he frankly forgave them both. Tell me therefore, which of them will love him most?
7:43 Simon answered and said. I suppose that he, to whom he forgave most. And he said to him. You has rightly judged.
7:44 And he turned to the woman, and said to Simon, see you this woman? I entered into your house, you gave me no water for my feet. but she has washed my feet with tears, and wiped them with the hairs of her head.
7:45 You gave me no kiss. but this woman since the time I came in has not ceased to kiss my feet.
7:46 My head with oil you did not anoint. but this woman has anointed my feet with ointment.
7:47 Therefore I say to you, Her sins, which are many, are forgiven. for she loved much. but to whom little is forgiven, the same loves little.
7:48 And he said to her. your sins are forgiven.
7:49 And they that sat at meat with him began to say within themselves, Who is this that forgives sins also?
7:50 And he said to the woman, your faith has saved you. go in peace.

I have been serving the assembly by collecting recorded messages and uploading the audio files to our website. I receive many files every day. I was listening to some of the recorded testimonies yesterday and one thing stuck in my head. In one of these testimonies, Brother Beck talked about the most unpleasant type of person to be with, a type of person that makes him unhappy. What kind of person doesn't he want to be around, do you think? Is it an irritable person? A selfish person? Or someone who wants to control others?

2011年8月21日日曜日

多くの罪を赦された女

多くの罪を赦された女
大阪福音集会、2011年8月21日
高橋 義夫

ルカ

7:36 さて、あるパリサイ人が、いっしょに食事をしたい、とイエスを招いたので、そのパリサイ人の家にはいって食卓に着かれた。
7:37 すると、その町にひとりの罪深い女がいて、イエスがパリサイ人の家で食卓に着いておられることを知り、香油のはいった石膏のつぼを持って来て、
7:38 泣きながら、イエスのうしろで御足のそばに立ち、涙で御足をぬらし始め、髪の毛でぬぐい、御足に口づけして、香油を塗った。
7:39 イエスを招いたパリサイ人は、これを見て、「この方がもし預言者なら、自分にさわっている女がだれで、どんな女であるか知っておられるはずだ。この女は罪深い者なのだから。」と心ひそかに思っていた。
7:40 するとイエスは、彼に向かって、「シモン。あなたに言いたいことがあります。」と言われた。シモンは、「先生。お話しください。」と言った。
7:41 「ある金貸しから、ふたりの者が金を借りていた。ひとりは五百デナリ、ほかのひとりは五十デナリ借りていた。
7:42 彼らは返すことができなかったので、金貸しはふたりとも赦してやった。では、ふたりのうちどちらがよけいに金貸しを愛するようになるでしょうか。」
7:43 シモンが、「よけいに赦してもらったほうだと思います。」と答えると、イエスは、「あなたの判断は当たっています。」と言われた。
7:44 そしてその女のほうを向いて、シモンに言われた。「この女を見ましたか。わたしがこの家にはいって来たとき、あなたは足を洗う水をくれなかったが、この女は、涙でわたしの足をぬらし、髪の毛でぬぐってくれました。
7:45 あなたは、口づけしてくれなかったが、この女は、わたしがはいって来たときから足に口づけしてやめませんでした。
7:46 あなたは、わたしの頭に油を塗ってくれなかったが、この女は、わたしの足に香油を塗ってくれました。
7:47 だから、わたしは言うのです。『この女の多くの罪は赦されています。というのは、彼女はよけい愛したからです。しかし少ししか赦されない者は、少ししか愛しません。』」
7:48 そして女に、「あなたの罪は赦されています。」と言われた。
7:49 すると、いっしょに食卓にいた人たちは、心の中でこう言い始めた。「罪を赦したりするこの人は、いったいだれだろう。」
7:50 しかし、イエスは女に言われた。「あなたの信仰が、あなたを救ったのです。安心して行きなさい。」

今、集会のメッセージをファイルにしてサーバーにアップロードする奉仕をさせていただいていますが、たくさんのファイルが送られてきます。昨日、証しをずっと、聞き直していました。その中でいくつか心に残ったことがありましたが、ベック兄が、一緒にいて一番辛い人と言うか、嫌な人はどんな人かについて話された。みなさん、一緒にいて一番辛い人ってどんな人と表現されるでしょうか。怒りっぽい人でしょうか。自分勝手な人でしょうか。人をコントロールしようとする人でしょうか。



2011年7月12日火曜日

世界の選ばれた者の解放と生活に対する奉仕

世界の選ばれた者の解放と生活に対する奉仕
2011年7月12日、吉祥寺学び会
ゴットホルド・ベック

第1ペテロ
2:4 主のもとに来なさい。主は、人には捨てられたが、神の目には、選ばれた、尊い、生ける石です。
2:5 あなたがたも生ける石として、霊の家に築き上げられなさい。そして、聖なる祭司として、イエス・キリストを通して、神に喜ばれる霊のいけにえをささげなさい。

エゼキエル
44:15 しかし、イスラエル人が迷ってわたしから離れたときもわたしの聖所の任務を果たした、ツァドクの子孫のレビ人の祭司たちは、わたしに近づいてわたしに仕え、わたしに脂肪と血とをささげてわたしに仕えることができる。――神である主の御告げ。――
44:16 彼らはわたしの聖所にはいり、わたしの机に近づいてわたしに仕え、わたしへの任務を果たすことができる。
44:17 彼らは内庭の門にはいるときには、亜麻布の服を着なければならない。内庭の門、および神殿の中で務めをするときは、毛織り物を身に着けてはならない。
44:18 頭には亜麻布のかぶり物をかぶり、腰には亜麻布のももひきをはかなければならない。汗の出るような物を身に着けてはならない。

今日のメッセージは、最近、準備したものではない。多分、54年前じゃないかなと思います。別に、時代遅れになったのではない。けども、その時いた2人の姉妹たちも今日、みえてます。那珂湊時代の二人、カズエ姉妹とヒサヨ姉妹です。今、どこにいるのかな?下ですか。いるなら、ちょっと立ってみて。いないかな?まあ、どうでもいいけど。

2011年7月5日火曜日

かしらであるイエス様を見上げよう

かしらであるイエス様を見上げよう
2011年7月5日、吉祥寺学び会
ゴットホルド・ベック

第一コリント
12:27 あなたがたはキリストのからだであって、ひとりひとりは各器官なのです。

エペソ
3:10 これは、今、天にある支配と権威とに対して、教会を通して、神の豊かな知恵が示されるためであって、
3:11 私たちの主キリスト・イエスにおいて実現された神の永遠のご計画に沿ったことです。

2011年6月21日火曜日

主なる神の安息とキリストにある満足に関する確信

主なる神の安息とキリストにある満足に関する確信
2011年6月21日、吉祥寺学び会
ゴットホルド・ベック

エペソ
1:5 神は、ただみこころのままに、私たちをイエス・キリストによってご自分の子にしようと、愛をもってあらかじめ定めておられたのです。
1:6 それは、神がその愛する方によって私たちに与えてくださった恵みの栄光が、ほめたたえられるためです。

1:12 それは、前からキリストに望みをおいていた私たちが、神の栄光をほめたたえる者となるためです。

2011年6月19日日曜日

豊かなる主、みじめな私たち

豊かなる主、みじめな私たち
2011年6月19日、吉祥寺福音集会
ゴットホルド・ベック

黙示録
3:17 あなたは、自分は富んでいる、豊かになった、乏しいものは何もないと言って、実は自分がみじめで、哀れで、貧しくて、盲目で、裸の者であることを知らない。

第二コリント
8:9 あなたがたは、私たちの主イエス・キリストの恵みを知っています。すなわち、主は富んでおられたのに、あなたがたのために貧しくなられました。それは、あなたがたが、キリストの貧しさによって富む者となるためです。

愛するカツミ兄の読まれました箇所は、ある意味でちょっと大変な箇所です。我々は、もちろん、救いの確信を持たないと悲劇的です。けども、間違った確信もあるようです。

「あなたは、自分は富んでいる、豊かになった、乏しいものは何もない。」そういう確信があれば、悲劇的なのではないでしょうか。主の判断は、違うものでした。「実は自分がみじめで、哀れで、貧しくて、盲目で、裸の者であることを知らない。」自分の状態を知っていれば、問題はない。知らなければ、悲劇的です。

2011年6月14日火曜日

無力な主イエス

無力な主イエス
2011年6月14日、吉祥寺学び会
ゴットホルド・ベック

使徒行伝
5:1 ところが、アナニヤという人は、妻のサッピラとともにその持ち物を売り、
5:2 妻も承知のうえで、その代金の一部を残しておき、ある部分を持って来て、使徒たちの足もとに置いた。
5:3 そこで、ペテロがこう言った。「アナニヤ。どうしてあなたはサタンに心を奪われ、聖霊を欺いて、地所の代金の一部を自分のために残しておいたのか。
5:4 それはもともとあなたのものであり、売ってからもあなたの自由になったのではないか。なぜこのようなことをたくらんだのか。あなたは人を欺いたのではなく、神を欺いたのだ。」

2011年6月7日火曜日

永遠のいのち(吉祥寺学び会)

永遠のいのち
2011年6月7日、吉祥寺学び会
ゴットホルド・ベック

創世記
3:1 さて、神である主が造られたあらゆる野の獣のうちで、蛇が一番狡猾であった。蛇は女に言った。「あなたがたは、園のどんな木からも食べてはならない、と神は、ほんとうに言われたのですか。」
3:2 女は蛇に言った。「私たちは、園にある木の実を食べてよいのです。
3:3 しかし、園の中央にある木の実について、神は、『あなたがたは、それを食べてはならない。それに触れてもいけない。あなたがたが死ぬといけないからだ。』と仰せになりました。」
3:4 そこで、蛇は女に言った。「あなたがたは決して死にません。
3:5 あなたがたがそれを食べるその時、あなたがたの目が開け、あなたがたが神のようになり、善悪を知るようになることを神は知っているのです。」

2011年5月17日火曜日

今から

今から
2011年5月17日、吉祥寺学び会
ゴットホルド・ベック

第2テモテ
4:7 私は勇敢に戦い、走るべき道のりを走り終え、信仰を守り通しました。
4:8 今からは、義の栄冠が私のために用意されているだけです。かの日には、正しい審判者である主が、それを私に授けてくださるのです。私だけでなく、主の現われを慕っている者には、だれにでも授けてくださるのです。

今、司会の兄弟のお読みになりました箇所の中で、「今からは」という表現が出てきます。

2011年5月13日金曜日

イエス様と病人(2011年)

イエス様と病人
2011年5月12日、春日部家庭集会(夜の部)
ゴットホルド・ベック

マルコ
7:31 それから、イエスはツロの地方を去り、シドンを通って、もう一度、デカポリス地方のあたりのガリラヤ湖に来られた。
7:32 人々は、耳が聞こえず、口のきけない人を連れて来て、彼の上に手を置いてくださるように願った。
7:33 そこで、イエスは、その人だけを群衆の中から連れ出し、その両耳に指を差し入れ、それからつばきをして、その人の舌にさわられた。
7:34 そして、天を見上げ、深く嘆息して、その人に「エパタ。」すなわち、「開け。」と言われた。
7:35 すると彼の耳が開き、舌のもつれもすぐに解け、はっきりと話せるようになった。
7:36 イエスは、このことをだれにも言ってはならない、と命じられたが、彼らは口止めされればされるほど、かえって言いふらした。
7:37 人々は非常に驚いて言った。「この方のなさったことは、みなすばらしい。つんぼを聞こえるようにし、おしを話せるようにしてくださった。」

今、最後の37節ですね。「この方のなさったことは、みなすばらしい。」私たちも、今、現在、このように言えるようになるだけではなく、いつか、召されてから、主の栄光を拝するようになれば、もっともっと、そう言うことを言わざるを得ないのではないでしょうか。イエス様のなさったことは、『大部分』ではなくて、『みんな』すばらしい。

2011年5月12日木曜日

Jesus and the Sick

Jesus and the Sick
May 12th, 2011
Home Bible Study at Kasukabe
Gotthold Beck

Mark:
7:31 And again, departing from the coasts of Tyre and Sidon, he came to the sea of Galilee, through the midst of the coasts of Decapolis.
7:32 And they bring to him one that was deaf, and had an impediment in his speech. And they beseech him to put his hand upon him.
7:33 And he took him aside from the multitude, and put his fingers into his ears, and he spit, and touched his tongue;
7:34 And looking up to heaven, he sighed, and says to him, Ephphatha, that is, Be opened.
7:35 And straightway his ears were opened, and the string of his tongue was loosed, and he spoke plain.
7:36 And he charged them that they should tell no man. But the more he charged them, so much the more a great deal they published it;
7:37 And were beyond measure astonished, saying, He has done all things well. He makes both the deaf to hear, and the dumb to speak.

Let's look at the last verse, verse 37: “He has done all things well.” Now, everybody in this room will agree with that. But also, someday in the future, when each one of us is taken up to Heaven and sees the glory of the Lord, we will have to say the same thing again and again. 
It is not “He has done most of the things well,” but “He has done all things well”.

2011年5月10日火曜日

イエス様の支配は満たされる秘訣

イエス様の支配は満たされる秘訣
2011年5月10日、吉祥寺学び会
ゴットホルド・ベック

ピリピ
2:9 それゆえ、神は、キリストを高く上げて、すべての名にまさる名をお与えになりました。
2:10 それは、イエスの御名によって、天にあるもの、地にあるもの、地の下にあるもののすべてが、ひざをかがめ、
2:11 すべての口が、「イエス・キリストは主である。」と告白して、父なる神がほめたたえられるためです。

今、読んできてくださった箇所の中でも、「主イエスは主である」と、あります。今朝の学びの題名、テーマは、「イエス様の支配に満たされる秘訣」です。イエス様ご自身が何を言われたかと言いますと、「わたしは主です。」

2011年4月26日火曜日

まことの礼拝とは

まことの礼拝とは
2011年4月26日、火曜学び会 
ゴットホルド・ベック

マタイ
14:24 しかし、舟は、陸からもう何キロメートルも離れていたが、風が向かい風なので、波に悩まされていた。
14:25 すると、夜中の三時ごろ、イエスは湖の上を歩いて、彼らのところに行かれた。
14:26 弟子たちは、イエスが湖の上を歩いておられるのを見て、「あれは幽霊だ。」と言って、おびえてしまい、恐ろしさのあまり、叫び声を上げた。
14:27 しかし、イエスはすぐに彼らに話しかけ、「しっかりしなさい。わたしだ。恐れることはない。」と言われた。

2011年4月19日火曜日

礼拝の大切さ

礼拝の大切さ
2011年4月19日、吉祥寺学び会
ゴットホルド・ベック

黙示録
4:8 この四つの生き物には、それぞれ六つの翼があり、その回りも内側も目で満ちていた。彼らは、昼も夜も絶え間なく叫び続けた。「聖なるかな、聖なるかな、聖なるかな。神であられる主、万物の支配者、昔いまし、常にいまし、後に来られる方。」
4:9 また、これらの生き物が、永遠に生きておられる、御座に着いている方に、栄光、誉れ、感謝をささげるとき、
4:10 二十四人の長老は御座に着いている方の御前にひれ伏して、永遠に生きておられる方を拝み、自分の冠を御座の前に投げ出して言った。
4:11 「主よ。われらの神よ。あなたは、栄光と誉れと力とを受けるにふさわしい方です。あなたは万物を創造し、あなたのみこころゆえに、万物は存在し、また創造されたのですから。」

2011年4月12日火曜日

この宇宙の将来[2]

この宇宙の将来[2]
2011年4月12日、吉祥寺学び会
ゴットホルド・ベック

黙示録
21:2 私はまた、聖なる都、新しいエルサレムが、夫のために飾られた花嫁のように整えられて、神のみもとを出て、天から下って来るのを見た。

22:3 もはや、のろわれるものは何もない。神と小羊との御座が都の中にあって、そのしもべたちは神に仕え・・・、

マタイ
4:8 今度は悪魔は、イエスを非常に高い山に連れて行き、この世のすべての国々とその栄華を見せて、
4:9 言った。「もしひれ伏して私を拝むなら、これを全部あなたに差し上げましょう。」

2011年4月5日火曜日

この宇宙の将来[1]

この宇宙の将来[1]
2011年4月5日、吉祥寺学び会
ゴットホルド・ベック

マタイ
4:8 今度は悪魔は、イエスを非常に高い山に連れて行き、この世のすべての国々とその栄華を見せて、
4:9 言った。「もしひれ伏して私を拝むなら、これを全部あなたに差し上げましょう。」
4:10 イエスは言われた。「引き下がれ、サタン。『あなたの神である主を拝み、主にだけ仕えよ。』と書いてある。」

第一コリント
15:28 しかし、万物が御子に従うとき、御子自身も、ご自分に万物を従わせた方に従われます。これは、神が、すべてにおいてすべてとなられるためです。

2011年3月22日火曜日

聖なる神の宮なる教会(三)その上にある信仰

聖なる神の宮なる教会(三)
その上にある信仰
2011年3月22日、吉祥寺学び会
ゴットホルド・ベック

エゼキエル
43:1 彼は私を東向きの門に連れて行った。
43:2 すると、イスラエルの神の栄光が東のほうから現われた。その音は大水のとどろきのようであって、地はその栄光で輝いた。

43:4 主の栄光が東向きの門を通って宮にはいって来た。
43:5 霊は私を引き上げ、私を内庭に連れて行った。なんと、主の栄光は神殿に満ちていた。

43:7 その方は私に言われた。「人の子よ。ここはわたしの玉座のある所、わたしの足の踏む所、わたしが永遠にイスラエルの子らの中で住む所である。イスラエルの家は、その民もその王たちも、もう二度と、淫行や高き所の王たちの死体で、わたしの聖なる名を汚さない。

2011年3月15日火曜日

聖なる神の宮である教会(二)主の取り扱いの目的

聖なる神の宮である教会(二)
主の取り扱いの目的
2011年3月15日、吉祥寺学び会
ゴットホルド・ベック

ローマ
8:19 被造物も、切実な思いで神の子どもたちの現われを待ち望んでいるのです。

8:21 被造物自体も、滅びの束縛から解放され、神の子どもたちの栄光の自由の中に入れられます。
8:22 私たちは、被造物全体が今に至るまで、ともにうめきともに産みの苦しみをしていることを知っています。
8:23 そればかりでなく、御霊の初穂をいただいている私たち自身も、心の中でうめきながら、子にしていただくこと、すなわち、私たちのからだの贖われることを待ち望んでいます。

ヘブル
1:2 この終わりの時には、御子によって、私たちに語られました。神は、御子を万物の相続者とし、また御子によって世界を造られました。

2011年3月8日火曜日

聖なる神の宮である教会(一)息子である立場への道

聖なる神の宮である教会(一)
息子である立場への道
2011年3月8日、吉祥寺学び会
ゴットホルド・ベック

エペソ
1:5 神は、ただみこころのままに、私たちをイエス・キリストによってご自分の子にしようと、愛をもってあらかじめ定めておられたのです。
1:6 それは、神がその愛する方によって私たちに与えてくださった恵みの栄光が、ほめたたえられるためです。

1:23 教会はキリストのからだであり、いっさいのものをいっさいのものによって満たす方の満ちておられるところです。

ローマ
8:14 神の御霊に導かれる人は、だれでも神の子どもです。

8:23 そればかりでなく、御霊の初穂をいただいている私たち自身も、心の中でうめきながら、子にしていただくこと、すなわち、私たちのからだの贖われることを待ち望んでいます。

8:29 なぜなら、神は、あらかじめ知っておられる人々を、御子のかたちと同じ姿にあらかじめ定められたからです。それは、御子が多くの兄弟たちの中で長子となられるためです。

2011年3月1日火曜日

みからだなる教会(三)

みからだなる教会(三)
2011年3月1日、吉祥寺学び会
ゴットホルド・ベック

第一ペテロ
2:4 主のもとに来なさい。主は、人には捨てられたが、神の目には、選ばれた、尊い、生ける石です。
2:5 あなたがたも生ける石として、霊の家に築き上げられなさい。そして、聖なる祭司として、イエス・キリストを通して、神に喜ばれる霊のいけにえをささげなさい。

今、シゲタ兄が読んでもらった手紙を聞くと、ある人は、『大変だ』と、心配するようになるかもしれない。聖書の中で、『主は笑っている』という箇所があるんです。結局、関係ない。こういう手紙を出す人々は、名前を書かないでしょう。そうすれば、初めからもう、無視したらいい。自分の名前を書こうとしなければ、隠さなくてはいけない。そして、隠す者は、成功しないのではないでしょうか。結局、イエス様は、「わたしは、わたしの教会を建てる。」これを本当の意味で信じれば、たとえば、兄弟姉妹に対する批判ですか、悪口は言えなくなる。

2011年2月22日火曜日

みからだなる教会(二)

みからだなる教会(二)
2011年2月22日、吉祥寺学び会
ゴットホルド・ベック

マタイ
16:16 シモン・ペテロが答えて言った。「あなたは、生ける神の御子キリストです。」
16:17 するとイエスは、彼に答えて言われた。「バルヨナ・シモン。あなたは幸いです。このことをあなたに明らかに示したのは人間ではなく、天にいますわたしの父です。
16:18 ではわたしもあなたに言います。あなたはペテロです。わたしはこの岩の上にわたしの教会を建てます。ハデスの門もそれには打ち勝てません。

マタイ
18:17 それでもなお、言うことを聞き入れようとしないなら、教会に告げなさい。教会の言うことさえも聞こうとしないなら、彼を異邦人か取税人のように扱いなさい。

2011年2月15日火曜日

みからだなる教会(一)

みからだなる教会(一)
2011年2月15日、吉祥寺学び会
ゴットホルド・ベック

第1ペテロ
2:4 主のもとに来なさい。主は、人には捨てられたが、神の目には、選ばれた、尊い、生ける石です。
2:5 あなたがたも生ける石として、霊の家に築き上げられなさい。そして、聖なる祭司として、イエス・キリストを通して、神に喜ばれる霊のいけにえをささげなさい。

エゼキエル
44:15 しかし、イスラエル人が迷ってわたしから離れたときもわたしの聖所の任務を果たした、ツァドクの子孫のレビ人の祭司たちは、わたしに近づいてわたしに仕え、わたしに脂肪と血とをささげてわたしに仕えることができる。――神である主の御告げ。――

2011年2月8日火曜日

みからだなる教会を知る必要性

みからだなる教会を知る必要性
2011年2月8日、吉祥寺学び会
ゴットホルド・ベック

第一歴代誌
22:9 見よ。あなたにひとりの子が生まれる。彼は穏やかな人になり、わたしは、彼に安息を与えて、回りのすべての敵に煩わされないようにする。彼の名がソロモンと呼ばれるのはそのためである。彼の世に、わたしはイスラエルに平和と平穏を与えよう。
22:10 彼がわたしの名のために家を建てる。彼はわたしにとって子となり、わたしは彼にとって父となる。わたしはイスラエルの上に彼の王座をとこしえまでも堅く立てる。』
22:11 そこで今、わが子よ、主があなたとともにおられ、主があなたについて語られたとおり、あなたが、あなたの神、主の宮をりっぱに建て上げることができるように。
22:12 ただ、主があなたに思慮と分別を与えて、あなたをイスラエルの上に任命し、あなたの神、主の律法を守らせてくださるように。

2011年2月1日火曜日

比類なき救い(2011年、吉祥寺学び会)

比類なき救い
2011年2月1日、吉祥寺学び会
ゴットホルド・ベック


使徒行伝
4:12 この方以外には、だれによっても救いはありません。世界中でこの御名のほかには、私たちが救われるべき名としては、どのような名も、人間に与えられていないからです。

手があるからありがたいね。手がなければ立てない。普通の人にはちょっと、考えられないけど、本当なんです。

「比類なき救い」という題名について、少し、いっしょに考えてみたいと思います。

一人の銀行の主人と、商人が、その商人の事務所で向かい合って座っていました。この商人は、体を前に乗り出して、非常に熱心に、まじめに、話しをしましたけど、その話の間に銀行の主人が、突然、さえぎりました。「ばからしい!」と言って、傲慢な銀行の主人は、むっとして腹を立てました。「どうしてばからしいの?」と、商人が尋ねました。「どうしてだって、あなたは私のように、何事もよく、考えている者に、どうしてなんだと尋ねるの。何とばからしいことだ」と言って、銀行の主人は、皮肉に笑いました。「そうなんです。私はあなたに、なぜですかと尋ねているのです」と、商人はそれに答えました。

Unparalleled Salvation (2011, Kichijouji Bible Study Meeting)

Unparalleled Salvation
February 1st, 2011, Kichijouji Bible Study Meeting
Gotthold Beck


Acts

4:12 Neither is there salvation in any other: for there is none other name under heaven given among men, whereby we must be saved.

Let’s learn together about this subject, 'Unparalleled Salvation'.


One day, a bank owner was sitting with a merchant. The merchant had faith in Jesus, and they sat facing each other in the merchant’s office. The merchant leaned over to the banker and started to talk about Jesus, very passionately and sincerely; however, the banker suddenly stopped the merchant. 
'This is so ridiculous!' The banker got angry and interrupted with an arrogant tone. 'Why do you think it’s ridiculous?' the merchant asked. 'Are you asking me why? Why do you need to ask that question to a man like me? Look at me! I am clever and educated. It is just absolutely ridiculous,' the banker said with a sarcastic smile. 'That is right. I am asking you the reason why you think it is ridiculous,' the merchant answered.

2011年1月25日火曜日

主の御姿(みすがた)に似せられる必要性

主の御姿(みすがた)に似せられる必要性
2011年1月25吉祥寺学び会
ゴットホルド・ベック

ローマ
8:15 あなたがたは、人を再び恐怖に陥れるような、奴隷の霊を受けたのではなく、子としてくださる御霊を受けたのです。私たちは御霊によって、「アバ、父。」と呼びます。
8:16 私たちが神の子どもであることは、御霊ご自身が、私たちの霊とともに、あかししてくださいます。
8:17 もし子どもであるなら、相続人でもあります。私たちがキリストと、栄光をともに受けるために苦難をともにしているなら、私たちは神の相続人であり、キリストとの共同相続人であります。
8:18 今の時のいろいろの苦しみは、将来私たちに啓示されようとしている栄光に比べれば、取るに足りないものと私は考えます。