2013年7月5日金曜日

愛するKへ

愛するKへ
2013年7月5日
ゴットホルド・ベック

(ジュンコさんのあいさつ)ケンイチさん、この前、お見舞いに行きましたジュンコです。ミッちゃんの従姉妹です。今日は家庭集会があって、ゴットホルド・ベックさんという宣教師の方が来てくださいました。『ウェルカム・ホーム』を書いてくださった方です。そのベックさんが今、ケンイチさんにおはなしをしてくださいますので、聞いてください。よろしくお願いします。

(ベックさんのお話し)初めてですけども、ケンイチさんの病気のことも聞きましたし、けど、私も七年前から癌になってしまいました。白血病なんです。それから、皮膚の癌にもなっちゃったし、プラス・アルファで、糖尿病にもなったのです。

けども、人間はたとえば、歳のため、あるいは、病気のためには死にません。人間を創造された万物の造り主なる神が呼んでくださらなければ死にません。そして、神が呼ぶときは、もちろん、最善のときです。人間はもちろん、明日のことでさえも分からないし、けども、イエス様はケンイチが生まれる前に、あなたのことを分かっちゃったし、病気のことも分かっちゃったし、そうすると、あなたが病気になったのは、イエス様のせいだと言っていいかも知れない。


イエス様が許しちゃったから。けども、これは決して、人間の考えている天罰ではない。人間を罰する神は存在していません。聖書の中心なるテーマはそれなんです。どうして、人間を罰する神はいないとかといいますと、イエス・キリストが代わりに犠牲になり、人間の受けるべき天罰をお受けになったから。

宗教的な考え方は、根本的に間違っています。今の世界の中でいちばん危ないものはね、原子爆弾じゃないと思う。宗教です。人間はだまされ易いから、宗教が存在している。そして、宗教は、うまくいく商売に過ぎません。要求されています。たとえば、勉強しないと、分からないとダメ。あるいは、金を出せ、云々と。何かを要求されると結局、束縛されますし、不自由になりますし、言われたとおりにしないと、間違った罪悪感を持つようになります。これは、もちろん、根本的に間違っています。

真の神は、人間が何を信じるべきか、やるべきかを全然、大切にしません。聖書の中心にあるのは、生ける真の神がどうしようもない人間のために、いかに悩んだのか、苦労したのか、救いの代価を払ったのかということです。

確かにね、ケンイチさんは、将来のことは分からないし、いつまでもつか分からないし、けども、どうしても確信してもらいたいことは、いつ死ぬのか分からないけど、死んでから行く先は決まっている。天国です。

今の人生は永遠の世界への準備期間に過ぎない。今、どうして、なぜ、何のため・・・・と考えても分かりません。いつか、もちろん、分かるようになります。何を分かるかと言いますと、生きているあいだに経験した苦しみ、悩みは、嫌でした。おもしろくなかったけど、必要でした。必要だっただけではなくて、よかった。よかっただけじゃなくて、最善だったと必ず思うようになります。今、考えられないけど、そうなんです。

そして、ケンイチさんにとって大切なのはね、前向きに生活することだよ。前向きに生活することができる人間は、結局、自分のわがまま、過ちが赦されていると確信できる人々だけではないでしょうか。

今まで、ケンイチさんがイエス様に向かって祈ったことがあるかどうか、分からないけど、試験的にやったらいいじゃないの?『イエス様、不完全です。わがままです。ごめんなさい。』その後で、代わりに死なれたことはありがたい、ピンとこない、理解できないけど、聖書が言っているから、感謝します。そして、今からのこと、よろしく。お任せいたします。

この態度を取れば、結局、考え方が変わります。いくら心配しても、なんにもならない。心配したから健康になったと言える人はいない。けども、ね、病気になったことも、別に自分のせいじゃない。何でも知っておられる、何でもできるお方が一度、許しちゃった。生きているあいだに、どうしてか、何故か、分からないけど、分かるときが必ず来ます。

ですから、ケンイチさんも、やっぱり前向きに生活してもらいたい。あなたは、がんばろうと思ったら、うまく行かないよ。『がんばろう』ということばは、ひどいことばです。二年前でしたかね、三月の十一日、数えきれないほど多くの人々が、あの津波でなくなったんです。わたしの知っている人もその中にいました。今日まで見つかっていない。津波で全財産、家族の人、みんないっぺんに亡くした人は、いったいどういうふうに、がんばったらいいの?ひどすぎる。がんばることは辞めたほうがいい。降参して、『イエス様、憐れんでください!よろしく』という態度を取れば、全く違うのではないでしょうか。

ですから、まあ、ね、ケンイチさんも、どうして、なぜ、云々と考えないで。正しく答える人間はいない。けど、百パーセント言えることとは、今はいくら辛くても、いつか分かる。すなわち、私のために、大切であり、良かっただけではなくて、最善だったと、必ず分かるようになります。

あなたが聖書を持っているかどうか、分からないけど、聖書はあまりに厚い本ですから、ちょっと大変です。私は、前にいつも・・・・私は前にね、よく人々に、聖書を読みなさい、云々と言ったんです。そして、いちばん、マルコ伝を読みなさいと言ったんです。いちばん、分かり易いところだからです。けども、最近、ちょっとやめたんです。マルコ伝を読みなさい、読みなさいじゃなくて、祈りなさい。

けど、何を祈ったらいいの?聖書の中に、祈りの本があるんです。詩篇です。一から百五十まで。ですから、どういう問題があっても、どういう考え方があっても、聖書の祈りを読んで祈れば、祈りながら詩篇を読めば、本当にいいよ。

詩篇を書いた人の大部分は、ダビデという王様でした。いやー、いろいろなことで苦労しました。悩みました。けど、祈ることによって、彼はまた元気になり、前向きに生活することができました。

聖書は人間に与えられている最高の宝物です。もちろん、ケンイチさん、まあ何ですかね‥‥誤解しないで。これは、いわゆる、キリスト教の宣伝じゃない。私は、五十六年前にキリスト教をやめたんです。やめるために大変でした。ドイツで裁判にかけたんです。もう、十分です、この宗教は。何故ならば、キリスト教も、他の宗教と同じように人間の作ったものなんです。

真(まこと)の神は人間の作ったものを受けいれられません。真の神は、無宗教です。イエス様も同じ態度を取るようになったから、人間的に考えれば失敗しました。イエス様は、『わたしの天のお父様は無宗教です。わたしも、宗教と関係のない者です』と言われたから、誤解され、殺されちゃった。もし、イエス様が当時の宗教、いわゆるユダヤ教に入ったならば、人気者になり、大先生になったんです。けど、イエス様は、宗教によって騙されないように・・・・という態度を取りました。

結局、大切なのはへりくだること。ケンイチさんも、まあ今まで、いろいろなことを経験なさってでしょうし、けども、大切なのはね、今からです。聖書の強調していることは、いつもそうなんです。過ぎ去ったことは終わり。今から。今日から。

イエス様は、当時のいわゆる聖書学者たちに言われたことがあります。『あなた方は、小さい子供のようにならないと救われません。』 ちっちゃい子供は聖書を読みません。何も分からない。結局、分からなくてもいいと分かれば、それで十分です。

ですから、ねえ、ケンイチさんも、将来について考えるとやはりつらいでしょう。けど、心配することによって、得ることは本当に、ひとつもありません。

わたしも昨日、やはり、末期の癌になった人と会いました。もう長くないでしょう。けども、まあ、彼にもある薬を紹介したんです。どういう薬かと言いますと、『思い患うな。心配するな。怖れてはいかん。』最高の薬です。考えたり、心配したりすることによって何もならない。

ですから、まあ、ケンイチさんにもね、イエス様に祈ってもらいたい。イエス様は、あなたのことを、もちろん、心配しているし、何でも知っているし、そして、あなたの永遠の幸せのために、もうすでに、代わりに犠牲になり、死なれました。イエス様の死とは、いわゆる殉教者の死ではなかったのです。人間、一人一人の受けるべき天罰でした。イエス様がこの天罰をお受けになったから、本当にありがたい。

三つの言葉ですね。第一番目。ごめんなさい。不完全です。赦してください。二番目の大切な言葉は、ありがとう。ごめんなさい。そういう砕かれた気持ちがあれば、それでいいんですって・・・・と、聖書は言っています。聖書の言わんとしていることは、簡単なことです。へりくだればオーケー。神は高ぶるものを退け、へりくだるものに恵みを与える。ですから、ごめんなさいと祈った後で、すぐありがとう、代わりに死なれたから感謝します。けど、今からのこと、分からない、明日のことも分からない。半年先のこと、分からないけど、お任せします。よろしく。

この態度を取り続けることこそが大切です。確かに、毎日、おもしろくない、戦いの一日でしょう、けども、祈れば、助けを求めれば、考え方が変わります。人間にとっていちばん大切なのは、助けを求めることです。助けを求めなければ、助け主を知る可能性はないから。これは悲劇です。

ですから、まあ、ケンイチさんも、ねえ、もちろん寝たきりの布団の中で祈ったらいいよ。イエス様、私は完全ではなかったよ、ごめんなさい。けど、聖書によると、へりくだれば、頭を下げればいいんですって・・・・と書いてあるから、感謝します。あなたは、決して捨てないと言ったからありがたい。もう、今からのこと、全部お任せいたします。よろしく。この態度だけ、取ってもらいたい。

もう一言だけ、話したら?

(ジュンコさんのあいさつ)ケンイチさん、ベックさんが話してくださいました。このベックさんの話をどうぞ、聴いてください。そして、イエス様の前にへりくだって、ごめんなさい、ありがとうございます、このような者を赦してくださってありがとうございますと、言ってくだされば、もう赦されています。本当に、ケンイチさんのことを毎日、祈っています。それでは、このCDをケンイチさんに送ります。ベックさん、ありがとうございました。




【ノート】これは、重病で入院中のKさんのために、ベックさんが語ったものです。当日、病室に入ることが許されなかったため、ベックさんは部屋の外で、Kさんに向けたこのメッセージをレコーダーに吹き込みました。

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