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2010年9月18日土曜日

洗礼の証し(2010年)

洗礼の証し(2010年)
2010年9月18日、御代田
ゴットホルド・ベック

マタイ
28:18 イエスは近づいて来て、彼らにこう言われた。「わたしには天においても、地においても、いっさいの権威が与えられています。
28:19 それゆえ、あなたがたは行って、あらゆる国の人々を弟子としなさい。そして、父、子、聖霊の御名によってバプテスマを授け、
28:20 また、わたしがあなたがたに命じておいたすべてのことを守るように、彼らを教えなさい。見よ。わたしは、世の終わりまで、いつも、あなたがたとともにいます。」

ときどき、「どうして、洗礼を受けるの?」、あるいは、「どうして洗礼を受けたの?」と、きかれます。聖書の答えは、救われるためではない。けれど、用いられるために必要なのではないかと。

2010年6月13日日曜日

ひとつになる幸せ

ひとつになる幸せ
2010年6月13日、御代田よろこびのつどい
ゴットホルド・ベック

第一ヨハネ
1:1 初めからあったもの、私たちが聞いたもの、目で見たもの、じっと見、また手でさわったもの、すなわち、いのちのことばについて、
1:2 ――このいのちが現われ、私たちはそれを見たので、そのあかしをし、あなたがたにこの永遠のいのちを伝えます。すなわち、御父とともにあって、私たちに現わされた永遠のいのちです。――
1:3 私たちの見たこと、聞いたことを、あなたがたにも伝えるのは、あなたがたも私たちと交わりを持つようになるためです。私たちの交わりとは、御父および御子イエス・キリストとの交わりです。

2010年4月1日木曜日

リバイバルの必要性–主よ、私を新たに生かしてください![主は生きておられる17号]

リバイバルの必要性–主よ、私を新たに生かしてください!
主は生きておられる17号
ゴットホルド・ベック

主を信じる人々の集いは、いつも「喜びの集い」です。なぜなら、いつでも悔い改めることができるからです。

「悔い改めることはもっともすばらしい仕事だ」と宗教改革者マルティン・ルターは言っています。悔い改めに導かれた人々は、みなに喜びをもたらし、逆に、悔い改めようとしない人々はみなにとって悩みの種となります。

パウロは当時の教会に宛てた手紙の中で、ある信者たちに対しては「私たちは、いつもあなたがたすべてのために神に感謝しています」(1テサロニケ1:2)と書いていますが、別の信者たちに関して「私は困っている、悩んでいる」と書かなければなりませんでした。ここに、「二種類の信者」がいることが分かります。

2010年3月24日水曜日

人間にとっていちばん大切なのは、イエス様をよりよく知ること(仮題)

人間にとっていちばん大切なのは、イエス様をよりよく知ること(仮題)
2010年3月24日、茅ヶ崎家庭集会
ゴットホルド・ベック

マルコ
5:24 そこで、イエスは彼といっしょに出かけられたが、多くの群衆がイエスについて来て、イエスに押し迫った。
5:25 ところで、十二年の間長血をわずらっている女がいた。
5:26 この女は多くの医者からひどいめに会わされて、自分の持ち物をみな使い果たしてしまったが、何のかいもなく、かえって悪くなる一方であった。
5:27 彼女は、イエスのことを耳にして、群衆の中に紛れ込み、うしろから、イエスの着物にさわった。
5:28 「お着物にさわることでもできれば、きっと直る。」と考えていたからである。
5:29 すると、すぐに、血の源がかれて、ひどい痛みが直ったことを、からだに感じた。
5:30 イエスも、すぐに、自分のうちから力が外に出て行ったことに気づいて、群衆の中を振り向いて、「だれがわたしの着物にさわったのですか。」と言われた。
5:31 そこで弟子たちはイエスに言った。「群衆があなたに押し迫っているのをご覧になっていて、それでも『だれがわたしにさわったのか。』とおっしゃるのですか。」
5:32 イエスは、それをした人を知ろうとして、見回しておられた。
5:33 女は恐れおののき、自分の身に起こった事を知り、イエスの前に出てひれ伏し、イエスに真実を余すところなく打ち明けた。
5:34 そこで、イエスは彼女にこう言われた。「娘よ。あなたの信仰があなたを直したのです。安心して帰りなさい。病気にかからず、すこやかでいなさい。」

人間にとってもっとも大切なのはイエス様を知ること、イエス様をよりよく知ることなのではないでしょうか。十字架に付けられたお方として、復活なさったお方として、全てを支配しておられるお方として、そして――前に歌いましたように――また、再臨なさるお方としてです。

2009年7月19日日曜日

実を結ぶ命(2009年)

実を結ぶ命
2009年7月19日、 夏の御代田
ゴットホルド・ベック

詩篇
16:1 神よ。私をお守りください。私は、あなたに身を避けます。

104:3 水の中にご自分の高殿の梁を置き、雲をご自分の車とし、風の翼に乗って歩かれます。

115:1 私たちにではなく、主よ、私たちにではなく、あなたの恵みとまことのために、栄光を、ただあなたの御名にのみ帰してください。

まず、一枚の手紙を紹介いたします。

2009年5月18日月曜日

長血をわずらっている女

長血をわずらっている女
2009年5月18日、深大寺家庭集会
ゴットホルド・ベック

マルコ
5:24 そこで、イエスは彼といっしょに出かけられたが、多くの群衆がイエスについて来て、イエスに押し迫った。
5:25 ところで、十二年の間長血をわずらっている女がいた。
5:26 この女は多くの医者からひどいめに会わされて、自分の持ち物をみな使い果たしてしまったが、何のかいもなく、かえって悪くなる一方であった。
5:27 彼女は、イエスのことを耳にして、群衆の中に紛れ込み、うしろから、イエスの着物にさわった。
5:28 「お着物にさわることでもできれば、きっと直る。」と考えていたからである。
5:29 すると、すぐに、血の源がかれて、ひどい痛みが直ったことを、からだに感じた。
5:30 イエスも、すぐに、自分のうちから力が外に出て行ったことに気づいて、群衆の中を振り向いて、「だれがわたしの着物にさわったのですか。」と言われた。
5:31 そこで弟子たちはイエスに言った。「群衆があなたに押し迫っているのをご覧になっていて、それでも『だれがわたしにさわったのか。』とおっしゃるのですか。」
5:32 イエスは、それをした人を知ろうとして、見回しておられた。
5:33 女は恐れおののき、自分の身に起こった事を知り、イエスの前に出てひれ伏し、イエスに真実を余すところなく打ち明けた。
5:34 そこで、イエスは彼女にこう言われた。「娘よ。あなたの信仰があなたを直したのです。安心して帰りなさい。病気にかからず、すこやかでいなさい。」

2008年7月9日水曜日

生ける望みを持っています

生ける望みを持っています
2008年7月9日、春日部家庭集会
ゴットホルド・ベック

第一ペテロ
1:3 私たちの主イエス・キリストの父なる神がほめたたえられますように。神は、ご自分の大きなあわれみのゆえに、イエス・キリストが死者の中からよみがえられたことによって、私たちを新しく生まれさせて、生ける望みを持つようにしてくださいました。

今、読んできてくださった箇所は、もちろん、ペテロの証し、告白だけではなく、初代教会の気持ちの現われです。すなわち、私たちは、生ける望みを持っています。人間は、生ける望みを持っていなければ、本当に悲劇的なのではないかと思います。

かつて、あるおばあちゃんは――アクト・ヤスコ姉妹のお母さまなんですけど――彼女は、イエス様に出会って、八十八歳の時に、次のように証ししました。

2007年6月17日日曜日

ドイツの方へのメッセージ(アイドリンゲン)2007年

ドイツの方へのメッセージ(アイドリンゲン)
2007年6月17日、アイドリンゲン(ドイツ)
ゴットホルド・ベック

去る五旬節にアイドリンゲンで行われた若者の集いで、二つの文章が引用されました。まず、最初の文章は次のものです。

「イエス様は真実なお方です。役に立たない者の人生に対しても、イエス様は真実を尽くされます。イエス様は、私たちが知っていると思っているお方とはまったく違ったお方であり、私たちが勝手に望んでいるのとはまったく違ったお方です。主はみこころのままに、あなたの人生に介入されます。」(ハインツ・スピンドラー)

先週の日曜日にも、ここアイドリンゲンでお話したように、私たちの主は、私たちとは、まったく違ったお方です。私たちが苦しい逆境を乗り越えるには、ただイエス様からの新しい啓示だけが役に立ちます。なぜなら、主の中にのみ、光といのちがあるからです。

2006年10月15日日曜日

夏は近い

夏は近い

2006年10月15日、吉祥寺福音集会
染野茂夫

司会のヒロ兄弟に先ほど歳を尋ねたら、27歳になったそうです。彼が洗礼を受けたのは10歳の時でしたから、もうあれから17年の歳月が経ったたわけです。彼は二つ上の兄、ケン兄弟と共に、ここで洗礼を受けました。あの二人の兄弟が、どうして救われたかと言うと、お母さんのヒロコ姉妹がアル中になってしまったからです。お父さんのセイジ兄弟は事業に失敗して、家に寄り付かなくなってしまったからです。

2006年9月3日日曜日

死を恐れない平安

死を恐れない平安
2006年9月3日、広島よろこびの集い
ゴットホルド・ベック

ヨハネの福音書15章11節
11 わたしがこれらのことをあなたがたに話したのは、わたしの喜びがあなたがたのうちにあり、あなたがたの喜びが満たされるためです。

エレミヤ書15:16
16 私はあなたのみことばを見つけ出し、それを食べました。あなたのみことばは、私にとって楽しみとなり、心の喜びとなりました。万軍の神、主よ。私にはあなたの名がつけられているからです。

今、一緒に歌いました日々の歌47番でしたか。この歌は非常にすばらしい歌です。人間は考えていることと思っていることとは、多くの場合は違うから、ちょっと困ってしまうのではないでしょうか。ですから多くの人々は、歌いながら嘘をつく可能性があります。「私の主イエスよ。私のすべてよ。ただあなただけを慕いゆく。」と、本当に心からそう思えば、もうすごい。

2006年3月19日日曜日

Salvation of the Family (2006)

Salvation of the Family (2006)
March 19th, 2006, Miyota Gospel Meeting
Gotthold Beck

Joshua
24:14 Now you must fear the Lord and serve him in faithfulness and truth. Throw away the gods that your ancestors served beyond the Euphrates River and in Egypt. Instead, serve the Lord.
24:15 If you think it’s the wrong thing for you to serve the Lord, then choose for yourselves today whom you will serve―the gods whom your ancestors served on the other side of the Euphrates River, or the gods of the Amorites in whose territories you are living. But as for me and my household, we will serve the Lord.

24:23 Joshua said, “Therefore abandon the foreign gods that are among you, and turn your hearts to the Lord, the God of Israel.”
24:24 The people replied, “We will serve the Lord our God and obey his voice.”

2005年5月29日日曜日

ドイツの方へのメッセージ(アイドリンゲン)2005年

ドイツの方へのメッセージ(アイドリンゲン)
2005年5月29日、アイドリンゲン(ドイツ)
ゴットホルド・ベック

今回、ドイツに来て、多くの兄弟姉妹方から私の病気について尋ねられました。実は約一年前に、私は白血病という癌にかかっており、この病は治すことができないと医師から宣告されたのです。しかし、その後の化学療法のおかげで、今では薬が必要なくなり、二ヵ月に一度の診察だけで済むようになりました。私はこの病気から癒されることを一度も祈ったことがありません。それは、私にとって何が最善なのか、自分では分からないからです。すべてのことを主に委ねて歩めるというのは、何という特権でしょうか。

とにかく、ひとつのことだけは、はっきりしています。私が病気になったことは、本当に良かったということです。というのは、兄弟姉妹の皆さんが、それまでにもまして、多くのことに積極的に関わってくださるようになったからです。このように協力してくださる日本の兄弟姉妹たちが大勢与えられていることは、まさしく主からのプレゼントです。このことは、私たちのこの上もない喜びであり、心から主に礼拝する根拠となっています。

2004年7月11日日曜日

祈りの大切さ

祈りの大切さ
2004年7月11日、金沢よろこびの集い
ゴットホルド・ベック

使徒の働き
11:19 さて、ステパノのことから起こった迫害によって散らされた人々は、フェニキヤ、キプロス、アンテオケまでも進んで行ったが、ユダヤ人以外の者にはだれにも、みことばを語らなかった。
11:20 ところが、その中にキプロス人とクレネ人が幾人かいて、アンテオケに来てからはギリシヤ人にも語りかけ、主イエスのことを宣べ伝えた。
11:21 そして、主の御手が彼らとともにあったので、大ぜいの人が信じて主に立ち返った。
11:22 この知らせが、エルサレムにある教会に聞こえたので、彼らはバルナバをアンテオケに派遣した。

2003年4月13日日曜日

慰めよ。慰めよ。わたしの民を。

慰めよ。慰めよ。わたしの民を。
ディーター・シェーファー兄(通訳ベック兄)
御代田喜びの集い、2003年4月13日

イザヤ
40:1 「慰めよ。慰めよ。わたしの民を。」とあなたがたの神は仰せられる。
40:2 「エルサレムに優しく語りかけよ。これに呼びかけよ。その労苦は終わり、その咎は償われた。そのすべての罪に引き替え、二倍のものを主の手から受けたと。」
40:3 荒野に呼ばわる者の声がする。「主の道を整えよ。荒地で、私たちの神のために、大路を平らにせよ。
40:4  すべての谷は埋め立てられ、すべての山や丘は低くなる。盛り上がった地は平地に、険しい地は平野となる。
40:5  このようにして、主の栄光が現わされると、すべての者が共にこれを見る。主の口が語られたからだ。」

2001年2月1日木曜日

祝福の結婚

祝福の結婚
2001年2月、ある結婚式でのメッセージ
ゴットホルド・ベック

キリストは、私たちのために、ご自分のいのちをお捨てになりました。それによって私たちに愛がわかったのです。(聖書ヨハネの手紙第一、三章十六節)

今日このように愛するみなさんといっしょに、神のみことばである聖書について考えることができるのはほんとうに感謝です。

新郎である愛するEさんと、新婦である愛するKさんが結ばれるということは、ほんとうに喜ばしいことです。「結婚式」と言われていますけれど、私はほんとうはいわゆる儀式そのものを大切にしたくないのです。なぜならば儀式とは表面的なものであり、形式的なものだからです。その意味で、今日のいわゆる結婚式は、一つの儀式というよりもイエス様を紹介するための集いであります。