1999年8月1日日曜日

最後まで従いとおす

最後まで従いとおす

1999年8月1日、御代田キャンプ
ゴットホルド・ベック

黙示録
3:21 勝利を得る者を、わたしとともにわたしの座に着かせよう。それは、わたしが勝利を得て、わたしの父とともに父の御座に着いたのと同じである。

民数記
14:24 ただし、わたしのしもべカレブは、ほかの者と違った心を持っていて、わたしに従い通したので、わたしは彼が行って来た地に彼を導き入れる。彼の子孫はその地を所有するようになる。

ヨシュア
14:6 ときに、ユダ族がギルガルでヨシュアのところに近づいて来た。そして、ケナズ人エフネの子カレブが、ヨシュアに言った。「主がカデシュ・バルネアで、私とあなたについて、神の人モーセに話されたことを、あなたはご存じのはずです。
14:7 主のしもべモーセがこの地を偵察するために、私をカデシュ・バルネアから遣わしたとき、私は四十歳でした。そのとき、私は自分の心の中にあるとおりを彼に報告しました。
14:8 私といっしょに上って行った私の身内の者たちは、民の心をくじいたのですが、私は私の神、主に従い通しました。

1999年1月13日水曜日

あなたもあなたの家族も救われます

あなたもあなたの家族も救われます

1999年1月13日、春日部
ゴットホルド・ベック

ヤコブ
1:6 ただし、少しも疑わずに、信じて願いなさい。疑う人は、風に吹かれて揺れ動く、海の大波のようです。
1:7 そういう人は、主から何かをいただけると思ってはなりません。

この箇所にあるみ言葉は、信ずる大切さについて述べられています。一つの教えを信ずることではなく、祈りの聞き手に信頼することこそが大切です。

日本にある多くの宗教も同じことを言います。同じことばばをよく使います。例えば文部省には、一万六千の宗教が登録されているそうです。それらの多くは、神様、神様と言っています。また、それらは皆、信仰の大切さを述べています。しかし、一つ一つの宗教の神の概念は違うので、分からなくなります。多くのの宗教の強調しているのは、一つの特定の教えです。この教えを勉強して、納得し、信じ込まなければならないと主張します。

1994年1月1日土曜日

平安がなくなる時

平安がなくなる時
故・酒井千尋兄、すごく古いテープ聞き取り

ローマ人への手紙
9:16 したがって、事は人間の願いや努力によるのではなく、あわれんでくださる神によるのです。

今日は、平安がなくなる時っていうことについて少し、ご一緒に聖書から学んでみたいと思います。平安がなくなる時ってのはどういうことかなって...、結構、ぼくたち普段、多いと思うんですよ。主にあって、主を確信してて、救いの確信も持っていて、永遠のいのちの確信も持っていて、それでも、何かした拍子に平安がなくなるっていうことは、日々、経験することではないかなと思います。

1987年1月1日木曜日

心を騒がしてはなりません

心を騒がしてはなりません
昭和62年後半のテープから聞き取り
故・酒井千尋兄

ヨハネ
14:1 あなたがたは心を騒がしてはなりません。神を信じ、またわたしを信じなさい。

今日はたいへんいいお天気で、こちらに私は自転車で来るんですけど、来ます時にモクセイの花が咲いておりますね。この辺の住人の方は非常に花だとか、木だとかがお好きなようで、自転車で走っておりますと、いろんな花だとか、また、木ですとか、その辺の何ていうんでしょう、自然の恵みというのがいろんなお庭から漂って来ます。