2013年2月26日火曜日

ただ信じよう

ただ信じよう
2013年2月26日、吉祥寺学び会
ゴットホルド・ベック

マルコ
1:29 イエスは会堂を出るとすぐに、ヤコブとヨハネを連れて、シモンとアンデレの家にはいられた。
1:30 ところが、シモンのしゅうとめが熱病で床に着いていたので、人々はさっそく彼女のことをイエスに知らせた。
1:31 イエスは、彼女に近寄り、その手を取って起こされた。すると熱がひき、彼女は彼らをもてなした。

5:21 イエスが舟でまた向こう岸へ渡られると、大ぜいの人の群れがみもとに集まった。イエスは岸べにとどまっておられた。
5:22 すると、会堂管理者のひとりでヤイロという者が来て、イエスを見て、その足もとにひれ伏し、
5:23 いっしょうけんめい願ってこう言った。「私の小さい娘が死にかけています。どうか、おいでくださって、娘の上に御手を置いてやってください。娘が直って、助かるようにしてください。」
5:24 そこで、イエスは彼といっしょに出かけられたが、多くの群衆がイエスについて来て、イエスに押し迫った。
5:25 ところで、十二年の間長血をわずらっている女がいた。

2013年2月21日木曜日

Wrath of the Lamb

Wrath of the Lamb
20 February, 2013, Ageo Home meeting
Gotthold Beck

2 Corinthians
8:9 For you know the grace of our Lord Jesus, the Messiah. Although he was rich, for your sakes he became poor, so that you, through his poverty, might become rich. 
[International Standard Version]

This verse we just read tells us the reason why Jesus came down to this world, sacrificed himself and became so poor; it was to make us rich. Needless to say, you need to humble yourself to become rich. You need to admit the emptiness and wretchedness of your life. What the whole Bible is trying to tell us is summarized in the next verse.

Isaiah
57:15 He lives in the height and in holiness, and also with the one who is of a contrite and humble spirit, to revive the spirit of the humble, and to revive the heart of the contrite. 

This is a very famous verse from Isaiah, chapter 57, verse 15.

2013年2月20日水曜日

小羊の怒り

小羊の怒り
2013年2月20日、上尾家庭集会
ゴットホルド・ベック

第二コリント
8:9 あなたがたは、私たちの主イエス・キリストの恵みを知っています。すなわち、主は富んでおられたのに、あなたがたのために貧しくなられました。それは、あなたがたが、キリストの貧しさによって富む者となるためです。

今、読んでくださった箇所を通してわかることは、イエス様はどうして来られたのか、犠牲になったのか、空しいものになったかと言いますと、私たちが富む者となるためです。富む者となるために、言うまでもなく、へりくだることです。自分の空しさ、自分のみじめさを知ることです。

聖書全体の言わんとしていることは次の箇所でしょう。有名なイザヤ書のことばです。

イザヤ
57:15 わたしは、高く聖なる所に住み、心砕かれて、へりくだった人とともに住む。へりくだった人の霊を生かし、砕かれた人の心を生かすためである。

『へりくだる(人)』ということは、たとえて言うならば、イエス様の前にあわれな乞食のような者です。心砕かれた人です。そして、イエス様の光によって自分の空しさ、自分のみじめさを知っている人なのではないでしょうか。自分には、主の御心にかなったものがひとつもないことを知ることなのではないでしょうか。

2013年2月19日火曜日

鷲のようになろう

鷲のようになろう
2013年2月19日、吉祥寺学び会
ゴットホルド・ベック

詩篇
62:1 私のたましいは黙って、ただ神を待ち望む。私の救いは神から来る。

62:5 私のたましいは黙って、ただ神を待ち望む。私の望みは神から来るからだ。
62:6 神こそ、わが岩。わが救い。わがやぐら。私はゆるがされることはない。
62:7 私の救いと、私の栄光は、神にかかっている。私の力の岩と避け所は、神のうちにある。
62:8 民よ。どんなときにも、神に信頼せよ。あなたがたの心を神の御前に注ぎ出せ。神は、われらの避け所である。セラ

今、読んできてくださった箇所は、ダビデ王の告白でありまた、祈りでした。主の救いを黙って待つのはよい。似ている箇所は、いっぱいあります。

2013年2月18日月曜日

Let's Fly Like an Eagle

Let's Fly Like an Eagle
February 19th, 2013, Kichijouji Bible Study
Gotthold Beck

Psalms
62:1 To the chief Musician, to Jeduthun, A Psalm of David. Truly my soul waiteth upon God: from him cometh my salvation. 

62:5 My soul, wait thou only upon God; for my expectation is from him. 
62:6 He only is my rock and my salvation: he is my defense; I shall not be moved. 
62:7 In God is my salvation and my glory: the rock of my strength, and my refuge, is in God. 
62:8 Trust in him at all times; ye people, pour out your heart before him: God is a refuge for us. Selah. 

This was a confession of King David. It was his prayer too. “It is good that a man should both hope and quietly wait for the salvation of the Lord.” There are many similar verses in the Scripture.

2013年2月17日日曜日

前向きに生活しましょう

前向きに生活しましょう
2013年2月17日、町田福音集会
ゴットホルド・ベック

ピリピ
3:7 しかし、私にとって得であったこのようなものをみな、私はキリストのゆえに、損と思うようになりました。
3:8 それどころか、私の主であるキリスト・イエスを知っていることのすばらしさのゆえに、いっさいのことを損と思っています。私はキリストのためにすべてのものを捨てて、それらをちりあくたと思っています。

2013年2月12日火曜日

主のために生きる大切さ

主のために生きる大切さ
2013年2月12日、吉祥寺学び会
ゴットホルド・ベック

ローマ
6:12 ですから、あなたがたの死ぬべきからだを罪の支配にゆだねて、その情欲に従ってはいけません。
6:13 また、あなたがたの手足を不義の器として罪にささげてはいけません。むしろ、死者の中から生かされた者として、あなたがた自身とその手足を義の器として神にささげなさい。
6:14 というのは、罪はあなたがたを支配することがないからです。なぜなら、あなたがたは律法の下にはなく、恵みの下にあるからです。
6:15 それではどうなのでしょう。私たちは、律法の下にではなく、恵みの下にあるのだから罪を犯そう、ということになるのでしょうか。絶対にそんなことはありません。
6:16 あなたがたはこのことを知らないのですか。あなたがたが自分の身をささげて奴隷として服従すれば、その服従する相手の奴隷であって、あるいは罪の奴隷となって死に至り、あるいは従順の奴隷となって義に至るのです。
6:17 神に感謝すべきことには、あなたがたは、もとは罪の奴隷でしたが、伝えられた教えの規準に心から服従し、
6:18 罪から解放されて、義の奴隷となったのです。
6:19 あなたがたにある肉の弱さのために、私は人間的な言い方をしています。あなたがたは、以前は自分の手足を汚れと不法の奴隷としてささげて、不法に進みましたが、今は、その手足を義の奴隷としてささげて、聖潔に進みなさい。
6:20 罪の奴隷であった時は、あなたがたは義については、自由にふるまっていました。
6:21 その当時、今ではあなたがたが恥じているそのようなものから、何か良い実を得たでしょうか。それらのものの行き着く所は死です。
6:22 しかし今は、罪から解放されて神の奴隷となり、聖潔に至る実を得たのです。その行き着く所は永遠のいのちです。

2013年2月5日火曜日

主の教育

主の教育
2013年2月5日、吉祥寺学び会
ゴットホルド・ベック

マルコ
6:45 それからすぐに、イエスは弟子たちを強いて舟に乗り込ませ、先に向こう岸のベツサイダに行かせ、ご自分は、その間に群衆を解散させておられた。
6:46 それから、群衆に別れ、祈るために、そこを去って山のほうに向かわれた。
6:47 夕方になったころ、舟は湖の真中に出ており、イエスだけが陸地におられた。
6:48 イエスは、弟子たちが、向かい風のために漕ぎあぐねているのをご覧になり、夜中の三時ごろ、湖の上を歩いて、彼らに近づいて行かれたが、そのままそばを通り過ぎようとのおつもりであった。
6:49 しかし、弟子たちは、イエスが湖の上を歩いておられるのを見て、幽霊だと思い、叫び声をあげた。
6:50 というのは、みなイエスを見ておびえてしまったからである。しかし、イエスはすぐに彼らに話しかけ、「しっかりしなさい。わたしだ。恐れることはない。」と言われた。
6:51 そして舟に乗り込まれると、風がやんだ。彼らの心中の驚きは非常なものであった。
6:52 というのは、彼らはまだパンのことから悟るところがなく、その心は堅く閉じていたからである。

2013年2月3日日曜日

人にはできないことが主にはできる

人にはできないことが主にはできる
2013年2月3日、熊本よろこびの集い
ゴットホルド・ベック

ルカ
18:27 イエスは言われた。「人にはできないことが、神にはできるのです。」

『不可能が可能となること』という題をつけようと思います。今、読みました箇所は本当にすばらしい約束、励ましの言葉ではないでしょうか。『人にはできないことが、神にはできるのです。』不可能と思われることでも、すべてがそのように不可能であるとは限りません。けど、絶対に不可能な状況も存在するらしい。それにもかかわらず、信じる者、イエス様に頼るものにとってはすべてのことが可能であると、聖書は何回も言っているのです。どうしてであるかと言いますと、主に属するものは、不可能なことが何一つないお方を知っているからです。「人にはできないことが、神にはできるのです。」この言葉は、もちろん、人間の証し(という)よりも、イエス様御自身の言われた言葉です。

2013年1月29日火曜日

主の栄光を見る

主の栄光を見る
2013年1月29日、吉祥寺学び会
ゴットホルド・ベック

ヨハネ
1:14 ことばは人となって、私たちの間に住まわれた。私たちはこの方の栄光を見た。父のみもとから来られたひとり子としての栄光である。この方は恵みとまことに満ちておられた。
1:15 ヨハネはこの方について証言し、叫んで言った。「『私のあとから来る方は、私にまさる方である。私より先におられたからである。』と私が言ったのは、この方のことです。」
1:16 私たちはみな、この方の満ち満ちた豊かさの中から、恵みの上にさらに恵みを受けたのである。

11:1 さて、ある人が病気にかかっていた。ラザロといって、マリヤとその姉妹マルタとの村の出で、ベタニヤの人であった。
11:2 このマリヤは、主に香油を塗り、髪の毛でその足をぬぐったマリヤであって、彼女の兄弟ラザロが病んでいたのである。
11:3 そこで姉妹たちは、イエスのところに使いを送って、言った。「主よ。ご覧ください。あなたが愛しておられる者が病気です。」
11:4 イエスはこれを聞いて、言われた。「この病気は死で終わるだけのものではなく、神の栄光のためのものです。神の子がそれによって栄光を受けるためです。」
11:5 イエスはマルタとその姉妹とラザロとを愛しておられた。
11:6 そのようなわけで、イエスは、ラザロが病んでいることを聞かれたときも、そのおられた所になお二日とどまられた。

2013年1月23日水曜日

Let’s Go to Bethany

Let’s Go to Bethany
January 22nd, 2013, Tuesday Bible Study Meeting
Gotthold Beck

John
11:1 Now a certain man was ill, Lazarus from Bethany, the village of Mary and her sister Martha. 
11:2 Mary was the woman who anointed the Lord with perfume and wiped his feet with her hair. Her brother Lazarus was the one who was ill. 
11:3 So the sisters sent word to Jesus, saying, “Lord, the one whom you love is ill.” 
11:4 But when Jesus heard it, he said, “This illness is not meant to end in death. It is for God’s glory, so that the Son of God may be glorified through it.” 
11:5 Now Jesus loved Martha and her sister and Lazarus. 

11:21 Martha told Jesus, “Lord, if you had been here, my brother would not have died. 

2013年1月22日火曜日

ベタニヤへ行こう

ベタニヤへ行こう
2013年1月22日、吉祥寺学び会
ゴットホルド・ベック

ヨハネ
11:1 さて、ある人が病気にかかっていた。ラザロといって、マリヤとその姉妹マルタとの村の出で、ベタニヤの人であった。
11:2 このマリヤは、主に香油を塗り、髪の毛でその足をぬぐったマリヤであって、彼女の兄弟ラザロが病んでいたのである。
11:3 そこで姉妹たちは、イエスのところに使いを送って、言った。「主よ。ご覧ください。あなたが愛しておられる者が病気です。」
11:4 イエスはこれを聞いて、言われた。「この病気は死で終わるだけのものではなく、神の栄光のためのものです。神の子がそれによって栄光を受けるためです。」
11:5 イエスはマルタとその姉妹とラザロとを愛しておられた。

11:21 マルタはイエスに向かって言った。「主よ。もしここにいてくださったなら、私の兄弟は死ななかったでしょうに。

2013年1月20日日曜日

へりくだりましょう

へりくだりましょう
2013年1月20日、日曜朝、吉祥寺福音集会
ゴットホルド・ベック

哀歌
3:40 私たちの道を尋ね調べて、主のみもとに立ち返ろう。

イザヤ
57:15 いと高くあがめられ、永遠の住まいに住み、その名を聖ととなえられる方が、こう仰せられる。「わたしは、高く聖なる所に住み、心砕かれて、へりくだった人とともに住む。へりくだった人の霊を生かし、砕かれた人の心を生かすためである。

「へりくだる」ということは、例えて言うならば、主の前におけるあわれな乞食のようなものであり、心砕かれた人です。そして、また、イエス様の光によって、自分のみじめさと空しさを知っている人です。また、自分には主の御心にかなったものが一つもないことを、本当に知ることです。

2013年1月16日水曜日

主の現われを慕う大切さ

主の現われを慕う大切さ 
2013年1月16日、春日部家庭集会 
ゴットホルド・ベック兄

第二テモテ
4:7 私は勇敢に戦い、走るべき道のりを走り終え、信仰を守り通しました。
4:8 今からは、義の栄冠が私のために用意されているだけです。かの日には、正しい審判者である主が、それを私に授けてくださるのです。私だけでなく、主の現われを慕っている者には、だれにでも授けてくださるのです。

2013年1月15日火曜日

罪人の友

罪人の友
2013年1月15日、吉祥寺学び会
ゴットホルド・ベック

ルカ
7:24 ヨハネの使いが帰ってから、イエスは群衆に、ヨハネについて話しだされた。「あなたがたは、何を見に荒野に出て行ったのですか。風に揺れる葦ですか。
7:25 でなかったら、何を見に行ったのですか。柔らかい着物を着た人ですか。きらびやかな着物を着て、ぜいたくに暮らしている人たちなら宮殿にいます。

2013年1月14日月曜日

Friend of Sinners

Friend of Sinners
January 15, 2013, Kichijouji Bible Study Meeting
Gotthold Beck

Luke
7:24 And when the messengers of John were departed, he began to speak unto the people concerning John, What went ye out into the wilderness for to see? A reed shaken with the wind?
7:25 But what went ye out for to see? A man clothed in soft raiment? Behold, they which are gorgeously apparelled, and live delicately, are in kings' courts.
7:26 But what went ye out for to see? A prophet? Yea, I say unto you, and much more than a prophet.
7:27 This is he, of whom it is written, Behold, I send my messenger before thy face, which shall prepare thy way before thee.

2013年1月8日火曜日

用意ができたか

用意ができたか
2013年1月8日、火曜学び会
ゴットホルド・ベック

マタイ
25:1 そこで、天の御国は、たとえて言えば、それぞれがともしびを持って、花婿を出迎える十人の娘のようです。
25:2 そのうち五人は愚かで、五人は賢かった。
25:3 愚かな娘たちは、ともしびは持っていたが、油を用意しておかなかった。
25:4 賢い娘たちは、自分のともしびといっしょに、入れ物に油を入れて持っていた。
25:5 花婿が来るのが遅れたので、みな、うとうとして眠り始めた。
25:6 ところが、夜中になって、『そら、花婿だ。迎えに出よ。』と叫ぶ声がした。
25:7 娘たちは、みな起きて、自分のともしびを整えた。
25:8 ところが愚かな娘たちは、賢い娘たちに言った。『油を少し私たちに分けてください。私たちのともしびは消えそうです。』
25:9 しかし、賢い娘たちは答えて言った。『いいえ、あなたがたに分けてあげるにはとうてい足りません。それよりも店に行って、自分のをお買いなさい。』
25:10 そこで、買いに行くと、その間に花婿が来た。用意のできていた娘たちは、彼といっしょに婚礼の祝宴に行き、戸がしめられた。
25:11 そのあとで、ほかの娘たちも来て、『ご主人さま、ご主人さま。あけてください。』と言った。
25:12 しかし、彼は答えて、『確かなところ、私はあなたがたを知りません。』と言った。
25:13 だから、目をさましていなさい。あなたがたは、その日、その時を知らないからです。

今日のテーマは、「用意ができているの」、あるいは、「愚かか、賢いかのどちらですか」、あるいは、「備えあれば憂いなし」と付けることができるのではないかと思います。

2013年1月6日日曜日

比類なき主とどうしようもない私たち

比類なき主とどうしようもない私たち
2013年1月6日、吉祥寺福音集会
ゴットホルド・ベック

黙示録
3:14 また、ラオデキヤにある教会の御使いに書き送れ。『アーメンである方、忠実で、真実な証人、神に造られたものの根源である方がこう言われる。
3:15 「わたしは、あなたの行ないを知っている。あなたは、冷たくもなく、熱くもない。わたしはむしろ、あなたが冷たいか、熱いかであってほしい。
3:16 このように、あなたはなまぬるく、熱くも冷たくもないので、わたしの口からあなたを吐き出そう。
3:17 あなたは、自分は富んでいる、豊かになった、乏しいものは何もないと言って、実は自分がみじめで、哀れで、貧しくて、盲目で、裸の者であることを知らない。
3:18 わたしはあなたに忠告する。豊かな者となるために、火で精練された金をわたしから買いなさい。また、あなたの裸の恥を現わさないために着る白い衣を買いなさい。また、目が見えるようになるため、目に塗る目薬を買いなさい。
3:19 わたしは、愛する者をしかったり、懲らしめたりする。だから、熱心になって、悔い改めなさい。
3:20 見よ。わたしは、戸の外に立ってたたく。だれでも、わたしの声を聞いて戸をあけるなら、わたしは、彼のところにはいって、彼とともに食事をし、彼もわたしとともに食事をする。
3:21 勝利を得る者を、わたしとともにわたしの座に着かせよう。それは、わたしが勝利を得て、わたしの父とともに父の御座に着いたのと同じである。
3:22 耳のある者は御霊が諸教会に言われることを聞きなさい。」』」

当時のいちばん、だめな教会にいちばん、すばらしい約束が与えられた。ちょっと、不思議なのではないでしょうか。まことの幸せを得る道とは、主の富を見出すことではないでしょうか。そして、主の富を見出すための必要条件は、自分のみじめさを認めることなのではないのでしょうか。

2013年1月1日火曜日

2013年元旦メッセージ

2013年元旦メッセージ
2013年1月1日、御代田よろこびの集い
ゴットホルド・ベック

新年おめでとうございます。

パウロは、次のように言ったのです。『私は、うしろのものを忘れ、目標を目ざして一心に走っているのです。』これは、彼の個人的な証しというだけではなく、他の兄弟姉妹に対する願い、また、祈りでもあったに違いない。私は後ろのものは忘れ、目標を目指して一心に走っている。

走ることとはもちろん、文字通りの走ることではなく、自分から、目に見える現実から、目をそらすことです。イエス様だけを仰ぎ、見つめることです。

2012年12月18日火曜日

よろこべ

よろこべ
2012年12月18日、吉祥寺学び会
ゴットホルド・ベック

ルカ
2:10 御使いは彼らに言った。「恐れることはありません。今、私はこの民全体のためのすばらしい喜びを知らせに来たのです。
2:11 きょうダビデの町で、あなたがたのために、救い主がお生まれになりました。この方こそ主キリストです。」

第二コリント
8:9 あなたがたは、私たちの主イエス・キリストの恵みを知っています。すなわち、主は富んでおられたのに、あなたがたのために貧しくなられました。それは、あなたがたが、キリストの貧しさによって富む者となるためです。

9:15 ことばに表わせないほどの賜物のゆえに、神に感謝します。

いわゆるクリスマスのメッセージとは、「恐れるな、大きなよろこびを。あなたのために救い主がお生まれになった。」私のためか・・・・と思う人がいるかもしれないけど、そうなんです。考えられない愛の現れなのではないでしょうか。

2012年12月11日火曜日

必要な交わり

必要な交わり
2012年12月11日、吉祥寺学び会
ゴットホルド・ベック

第一ヨハネ
1:1 初めからあったもの、私たちが聞いたもの、目で見たもの、じっと見、また手でさわったもの、すなわち、いのちのことばについて、
1:2 ――このいのちが現われ、私たちはそれを見たので、そのあかしをし、あなたがたにこの永遠のいのちを伝えます。すなわち、御父とともにあって、私たちに現わされた永遠のいのちです。――
1:3 私たちの見たこと、聞いたことを、あなたがたにも伝えるのは、あなたがたも私たちと交わりを持つようになるためです。私たちの交わりとは、御父および御子イエス・キリストとの交わりです。
1:4 私たちがこれらのことを書き送るのは、私たちの喜びが全きものとなるためです。

1:7 しかし、もし神が光の中におられるように、私たちも光の中を歩んでいるなら、私たちは互いに交わりを保ち、御子イエスの血はすべての罪から私たちをきよめます。

今、読んできてくださった箇所は、イエス様の弟子であるヨハネの書いたものです。何歳だったか、解からない。ある人々は、百歳くらいだったのではないかと言うのです。

2012年12月9日日曜日

クリスマスの大いなる奇蹟(+二人の祝福式)

クリスマスの大いなる奇蹟(+二人の祝福式)
2012年12月9日、吉祥寺福音集会
ゴッドホルド・ベック

ルカ
2:9 すると、主の使いが彼らのところに来て、主の栄光が回りを照らしたので、彼らはひどく恐れた。
2:10 御使いは彼らに言った。「恐れることはありません。今、私はこの民全体のためのすばらしい喜びを知らせに来たのです。
2:11 きょうダビデの町で、あなたがたのために、救い主がお生まれになりました。この方こそ主キリストです。
2:12 あなたがたは、布にくるまって飼葉おけに寝ておられるみどりごを見つけます。これが、あなたがたのためのしるしです。」
2:13 すると、たちまち、その御使いといっしょに、多くの天の軍勢が現われて、神を賛美して言った。
2:14 「いと高き所に、栄光が、神にあるように。地の上に、平和が、御心にかなう人々にあるように。」

クリスマスにおける出来事の非常に良いたとえは、あるイタリア人、フランチェスコ・フォン・アッシジというイタリア人です。彼は、もちろん有名人であり、尊敬された人格者であり、プラス・アルファ、金持ちでした。

2012年12月4日火曜日

静まれ

静まれ
2012年12月4日、吉祥寺学び会
ゴットホルド・ベック

イザヤ
40:25 「それなのに、わたしを、だれになぞらえ、だれと比べようとするのか。」と聖なる方は仰せられる。
40:26 目を高く上げて、だれがこれらを創造したかを見よ。この方は、その万象を数えて呼び出し、一つ一つ、その名をもって、呼ばれる。この方は精力に満ち、その力は強い。一つももれるものはない。
40:27 ヤコブよ。なぜ言うのか。イスラエルよ。なぜ言い張るのか。「私の道は主に隠れ、私の正しい訴えは、私の神に見過ごしにされている。」と。
40:28 あなたは知らないのか。聞いていないのか。主は永遠の神、地の果てまで創造された方。疲れることなく、たゆむことなく、その英知は測り知れない。
40:29 疲れた者には力を与え、精力のない者には活気をつける。
40:30 若者も疲れ、たゆみ、若い男もつまずき倒れる。
40:31 しかし、主を待ち望む者は新しく力を得、鷲のように翼をかって上ることができる。走ってもたゆまず、歩いても疲れない。

2012年11月20日火曜日

主の教育と導き

主の教育と導き
2012年11月20日、吉祥寺学び会
ゴットホルド・ベック

マルコ
6:45 それからすぐに、イエスは弟子たちを強いて舟に乗り込ませ、先に向こう岸のベツサイダに行かせ、ご自分は、その間に群衆を解散させておられた。
6:46 それから、群衆に別れ、祈るために、そこを去って山のほうに向かわれた。
6:47 夕方になったころ、舟は湖の真中に出ており、イエスだけが陸地におられた。
6:48 イエスは、弟子たちが、向かい風のために漕ぎあぐねているのをご覧になり、夜中の三時ごろ、湖の上を歩いて、彼らに近づいて行かれたが、そのままそばを通り過ぎようとのおつもりであった。
6:49 しかし、弟子たちは、イエスが湖の上を歩いておられるのを見て、幽霊だと思い、叫び声をあげた。
6:50 というのは、みなイエスを見ておびえてしまったからである。しかし、イエスはすぐに彼らに話しかけ、「しっかりしなさい。わたしだ。恐れることはない。」と言われた。
6:51 そして舟に乗り込まれると、風がやんだ。彼らの心中の驚きは非常なものであった。
6:52 というのは、彼らはまだパンのことから悟るところがなく、その心は堅く閉じていたからである。

ヘブル書の十二章二節に、「信仰の創始者であり、完成者であるイエスから目を離さないでいなさい。」もっとも大切な呼びかけなのではないでしょうか。なぜならば、イエス様から目を離すと、誰でも落ち込みます。どうしたらいいか、解からなくなってしまうからです。

2012年11月13日火曜日

従順の結果

従順の結果
2012年11月13日、吉祥寺学び会
ゴットホルド・ベック

使徒行伝
5:32 私たちはそのことの証人です。神がご自分に従う者たちにお与えになった聖霊もそのことの証人です。

ローマ
5:19 すなわち、ちょうどひとりの人の不従順によって多くの人が罪人とされたのと同様に、ひとりの従順によって多くの人が義人とされるのです。

ピリピ
2:8 キリストは人としての性質をもって現われ、自分を卑しくし、死にまで従い、実に十字架の死にまでも従われたのです。

第二テサロニケ
1:8 そのとき主は、神を知らない人々や、私たちの主イエスの福音に従わない人々に報復されます。

今日の会、いつものように聖書の勉強会というよりも、主イエス様を紹介する会です。

イエス様とは、いったいどういうお方なのでしょうか。比類なきお方です。嘘を知らないお方です。何があっても百パーセント、信頼できるお方です。また、イエス様とは、人間一人ひとりを心から理解してるよりも、一人ひとりを愛していてくださるお方です。確かに、人間はみな悩んでいて、重荷を持っているものです。失望、また、絶望をしている者であり、どうしたらいいか解からないのが人間です。人間は、孤独であり、さまよう羊のようであると、聖書は言っています。

2012年11月12日月曜日

Consequence of the Obedience

Consequence of the Obedience
November 13th, 2012, Kichijouji Bible Meeting
Gotthold Beck

Acts
5:32 And we are his witnesses of these things, and so is also the Holy Ghost, whom God has given to them that obey him.

Romans
5:19 For just as through one man’s disobedience many people were made sinners, so also through one man’s obedience many people will be made righteous.

Philippians
2:8 And being found in fashion as a man, he humbled himself, and became obedient to death, even the death of the cross.

2 Thessalonians
1:8 In flaming fire taking vengeance on them that know not God, and that obey not the gospel of our Lord Jesus Christ:

As always, we gathered here today to let as many people as possible know about Jesus, rather than to study the Bible. What kind of man is Jesus? He is incomparable to anyone else. There is no pretense in Jesus. He can be trusted in any circumstances. Jesus, not only understands us, He loves each one of us from the bottom of His heart. Actually, all humans are in agony and are carrying their burdens. They have lost hope; they are all disappointed and desperate and don’t know what to do. This is how humans are today. People are all alone, like lost sheep according to the Bible.

2012年11月6日火曜日

もっとも大切なもの

もっとも大切なもの
2012年11月6日、吉祥寺学び会
ゴットホルド・ベック

マルコ
10:45 人の子が来たのも、仕えられるためではなく、かえって仕えるためであり、また、多くの人のための、贖いの代価として、自分のいのちを与えるためなのです。」

第二コリント
5:15 また、キリストがすべての人のために死なれたのは、生きている人々が、もはや自分のためにではなく、自分のために死んでよみがえった方のために生きるためなのです。

私と家内にとって、もっとも大切な聖書の箇所は、結婚指輪にも刻まれていることばです。

コロサイ(口語訳)
1:10 主のみこころにかなった生活をして真に主を喜ばせ(よう)。

信じる者にとっていちばん、大切なのは、それなのではないでしょうか。パウロは、コリントにいる兄弟姉妹に、次のように書いたのです。

2012年10月30日火曜日

真に主を喜ばせよう

真に主を喜ばせよう
2012年10月30日、吉祥寺学び会
ゴットホルド・ベック

第二コリント
5:9 そういうわけで、肉体の中にあろうと、肉体を離れていようと、私たちの念願とするところは、主に喜ばれることです。

コロサイ
1:10 また、主にかなった歩みをして、あらゆる点で主に喜ばれ、あらゆる善行のうちに実を結び、神を知る知識を増し加えられますように。

今、最後にお読みになりました箇所は、私たち、家内と一緒に、一番、大切なことばです。結婚指輪の中にも刻まれていることばです。「主の御心にかなった生活をして、真に主を喜ばせよう」ということばです。初代教会の人々は、今、読まれたようにそういう気持ちでいっぱいでした。

第二コリント
5:9 そういうわけで、肉体の中にあろうと、肉体を離れていようと、私たちの念願とするところは、主に喜ばれることです。

2012年10月23日火曜日

勝利か敗北か

勝利か敗北か
2012年10月23日、吉祥寺学び会
ゴットホルド・ベック

士師記
2:1 さて、主の使いがギルガルからボキムに上って来て言った。「わたしはあなたがたをエジプトから上らせて、あなたがたの先祖に誓った地に連れて来て言った。『わたしはあなたがたとの契約を決して破らない。
2:2 あなたがたはこの地の住民と契約を結んではならない。彼らの祭壇を取りこわさなければならない。』ところが、あなたがたはわたしの声に聞き従わなかった。なぜこのようなことをしたのか。
2:3 それゆえわたしは言う。『わたしはあなたがたの前から彼らを追い出さない。彼らはあなたがたの敵となり、彼らの神々はあなたがたにとってわなとなる。』」

2012年10月16日火曜日

御心にかなうダビデ

御心にかなうダビデ
2012年10月16日、吉祥寺学び会
ゴットホルド・ベック

第二サムエル
12:13 ダビデはナタンに言った。「私は主に対して罪を犯した。」ナタンはダビデに言った。「主もまた、あなたの罪を見過ごしてくださった。あなたは死なない。
12:14 しかし、あなたはこのことによって、主の敵に大いに侮りの心を起こさせたので、あなたに生まれる子は必ず死ぬ。」
12:15 こうしてナタンは自分の家へ戻った。主は、ウリヤの妻がダビデに産んだ子を打たれたので、その子は病気になった。
12:16 ダビデはその子のために神に願い求め、断食をして、引きこもり、一晩中、地に伏していた。
12:17 彼の家の長老たちは彼のそばに立って、彼を地から起こそうとしたが、ダビデは起きようともせず、彼らといっしょに食事を取ろうともしなかった。
12:18 七日目に子どもは死んだが、ダビデの家来たちは、その子が死んだことをダビデに告げるのを恐れた。「王はあの子が生きている時、われわれが話しても、言うことを聞かなかった。どうしてあの子が死んだことを王に言えようか。王は何か悪い事をされるかもしれない。」と彼らが思ったからである。

2012年10月9日火曜日

何でもできるイエス様

何でもできるイエス様
2012年10月9日、吉祥寺学び会
ゴットホルド・ベック

ヘブル
7:25 したがって、ご自分によって神に近づく人々を、完全に救うことがおできになります。キリストはいつも生きていて、彼らのために、とりなしをしておられるからです。

今の箇所は、皆さんよく知っておられる箇所だと思いますが、私たちは誇りを持って、「我々の主はできる。完全に救うことができる。守ることができるし、導くことができるし、また、用いられるお方です。」詩篇の作者は次のように言ったのです。

詩篇
59:10 私の恵みの神は、私を迎えに来てくださる。

将来、私たちは何を経験するようになるのかは、もちろん、今はわからない。喜びを与えるものなのか、悲しむ者になるのか、全くわからないけど、ひとつのことだけ、我々は知っている。すなわち、主ご自身がまず、私たちを迎えに来てくださるということです。

2012年10月2日火曜日

十字架こそ唯一の救い

十字架こそ唯一の救い
2012年10月2日、吉祥寺学び会
ゴットホルド・ベック

ピリピ
2:8 キリストは人としての性質をもって現われ、自分を卑しくし、死にまで従い、実に十字架の死にまでも従われたのです。

ガラテヤ
6:14 しかし私には、私たちの主イエス・キリストの十字架以外に誇りとするものが決してあってはなりません。この十字架によって、世界は私に対して十字架につけられ、私も世界に対して十字架につけられたのです。

第一コリント
1:18 十字架のことばは、滅びに至る人々には愚かであっても、救いを受ける私たちには、神の力です。

コロサイ
1:20 その十字架の血によって平和をつくり、御子によって万物を、ご自分と和解させてくださったからです。地にあるものも天にあるものも、ただ御子によって和解させてくださったのです。

第一ペテロ
2:24 そして自分から十字架の上で、私たちの罪をその身に負われました。それは、私たちが罪を離れ、義のために生きるためです。キリストの打ち傷のゆえに、あなたがたは、いやされたのです。

2012年9月25日火曜日

備えあれば憂いなし

備えあれば憂いなし
2012年9月25日、吉祥寺学び会
ゴットホルド・ベック

ローマ
8:1 こういうわけで、今は、キリスト・イエスにある者が罪に定められることは決してありません。

8:38 私はこう確信しています。死も、いのちも、御使いも、権威ある者も、今あるものも、後に来るものも、力ある者も、
8:39 高さも、深さも、そのほかのどんな被造物も、私たちの主キリスト・イエスにある神の愛から、私たちを引き離すことはできません。

ピリピ
1:20 それは、私がどういうばあいにも恥じることなく、いつものように今も大胆に語って、生きるにしても、死ぬにしても、私の身によって、キリストのすばらしさが現わされることを求める私の切なる願いと望みにかなっているのです。
1:21 私にとっては、生きることはキリスト、死ぬこともまた益です。

今、読んできてくださった箇所とは、パウロの個人的な告白でもあり、彼の喜びの源でした。すなわち、いつになるかわからないけど、近いうちに殺されるかもしれない。ピリピ人への手紙は、刑務所で中で書かれた手紙です。ですから、出られるかどうか、殺されるかどうか、全くわからなかった。けど、彼は何の心配も、恐れもなかった。行く先は、決まっている。

2012年9月19日水曜日

God as the Merciful Potter – Part 2 of 2

God as the Merciful Potter – Part 2 of 2
September 18, 2012, Kichijouji Bible Study Meeting
Gotthold Beck

Jeremiah
18:1 The word which came to Jeremiah from the Lord, saying,
18:2 Arise, and go down to the potter's house, and there I will cause you to hear my words.
18:3 Then I went down to the potter's house, and, look, he wrought a work on the wheels.
18:4 And the vessel that he made of clay was marred in the hand of the potter. so he made it again another vessel, as seemed good to the potter to make it.
18:5 Then the word of the Lord came to me, saying,
18:6 Oh house of Israel, cannot I do with you as this potter? says the Lord. Look, as the clay is in the potter's hand, so are you in mine hand, Oh house of Israel.

Jeremiah
29:11 For I know the thoughts that I think toward you, says the Lord, thoughts of peace, and not of evil, to give you an expected end.

Today, I’d like us to think about the same subject we discussed last week, 'God as the Merciful Potter'. This last verse was a wonderful message from the Lord, which was sent through Jeremiah.

Jeremiah
29:11 For I know the thoughts that I think toward you.

2012年9月18日火曜日

恵みに富みたもう陶器師なる神(二)

恵みに富みたもう陶器師なる神(二)
2012年9月18日、吉祥寺学び会
ゴットホルド・ベック

エレミヤ
18:1 主からエレミヤにあったみことばは、こうである。
18:2 「立って、陶器師の家に下れ。そこで、あなたに、わたしのことばを聞かせよう。」
18:3 私が陶器師の家に下って行くと、ちょうど、彼はろくろで仕事をしているところだった。
18:4 陶器師は、粘土で制作中の器を自分の手でこわし、再びそれを陶器師自身の気に入ったほかの器に作り替えた。
18:5 それから、私に次のような主のことばがあった。
18:6 「イスラエルの家よ。この陶器師のように、わたしがあなたがたにすることができないだろうか。――主の御告げ。――見よ。粘土が陶器師の手の中にあるように、イスラエルの家よ、あなたがたも、わたしの手の中にある。

エレミヤ
29:11 わたしはあなたがたのために立てている計画をよく知っているからだ。――主の御告げ。――それはわざわいではなくて、平安を与える計画であり、あなたがたに将来と希望を与えるためのものだ。

今日、もう一回、前に始まったテーマ、すなわち、『恵みに富みたもう陶器師なる神』について、一緒に考えたいと思います。

最後に読みました箇所とは、エレミヤの宣べ伝えたすばらしいメッセージでしたね。

エレミヤ
29:11 わたしはあなたがたのために立てている計画をよく知っているからだ。

2012年9月12日水曜日

God as the Merciful Potter – Part 1 of 2

God as the Merciful Potter – Part 1 of 2
September 11, 2012, Kichijouji Bible Study Meeting
Gotthold Beck

Jeremiah
18:1 The word which came to Jeremiah from the Lord, saying,
18:2 Arise, and go down to the potter's house, and there I will cause you to hear my words.
18:3 Then I went down to the potter's house, and, look, he wrought a work on the wheels.
18:4 And the vessel that he made of clay was marred in the hand of the potter. so he made it again another vessel, as seemed good to the potter to make it.
18:5 Then the word of the Lord came to me, saying,
18:6 Oh house of Israel, cannot I do with you as this potter? says the Lord. Look, as the clay is in the potter's hand, so are you in mine hand, Oh house of Israel.

29:11 For I know the thoughts that I think toward you, says the Lord, thoughts of peace, and not of evil, to give you an expected end.

2012年9月11日火曜日

恵みに富みたもう陶器師なる神(一)

恵みに富みたもう陶器師なる神(一)
2012年9月11日、吉祥寺学び会
ゴットホルド・ベック

エレミヤ
18:1 主からエレミヤにあったみことばは、こうである。
18:2 「立って、陶器師の家に下れ。そこで、あなたに、わたしのことばを聞かせよう。」
18:3 私が陶器師の家に下って行くと、ちょうど、彼はろくろで仕事をしているところだった。
18:4 陶器師は、粘土で制作中の器を自分の手でこわし、再びそれを陶器師自身の気に入ったほかの器に作り替えた。
18:5 それから、私に次のような主のことばがあった。
18:6 「イスラエルの家よ。この陶器師のように、わたしがあなたがたにすることができないだろうか。――主の御告げ。――見よ。粘土が陶器師の手の中にあるように、イスラエルの家よ、あなたがたも、わたしの手の中にある。」

29:11 わたしはあなたがたのために立てている計画をよく知っているからだ。――主の御告げ。――それはわざわいではなくて、平安を与える計画であり、あなたがたに将来と希望を与えるためのものだ。

2012年9月5日水曜日

Just Fear the Lord and Everything will be Fine.


Just Fear the Lord and Everything will be Fine.
September 4, 2012, Kichijouji Bible Study Meeting
Gotthold Beck

Psalms
33:8 Let all the earth fear the Lord. let all the inhabitants of the world stand in awe of him.

33:18 Look, the eye of the Lord is upon them that fear him, upon them that hope in his mercy;

103:13 Like as a father pities his children, so the Lord pities them that fear him.

128:1 Blessed is every one that fears the Lord. that walks in his ways.

128:4 Look, that thus shall the man be blessed that fears the Lord.

We can see from these verses in the Psalms what the whole Bible is telling us, summed up in a single phrase: Those who fear the Lord will be blessed. If the Lord cannot bless you, then there is no hope for you. Thus, there is nothing more important than to fear the Lord.

2012年9月4日火曜日

主を恐れればオーケー

主を恐れればオーケー
2012年9月4日、吉祥寺学び会
ゴットホルド・ベック

詩篇
33:8 全地よ。主を恐れよ。世界に住む者よ。みな、主の前におののけ。

33:18 見よ。主の目は主を恐れる者に注がれる。その恵みを待ち望む者に。

103:13 父がその子をあわれむように、主は、ご自分を恐れる者をあわれまれる。

128:1 幸いなことよ。すべて主を恐れ、主の道を歩む者は。

128:4 見よ。主を恐れる人は、確かに、このように祝福を受ける。

今の詩篇の箇所を読んでもわかりますけども、聖書全体の言っていることとは、主を恐れる人々とは、祝福されます。主が祝福することができなければ、もうおしまいです。したがって、もっとも大切なのは、主を恐れることです。