2014年6月30日月曜日

We Need the Revival 4

We Need the Revival 4
July 1st, 2014, Kichijouji Bible Study
Gotthold Beck

Psalms
26:2 Examine me, Lord, and inspect me! Test my heart and mind.
[International Standard Version]

139:23 Examine me, God, and know my mind, test me, and know my thoughts.
139:24 See if there is any offensive tendency in me, and lead me in the eternal way.

I would like to continue the discussion with you about the “necessity, importance and possibility of the revival.” The word 'revival' does not sound like Japanese. Actually, it is taken from English. It refers to the 'spiritual awakening', 'the reconstruction of faith', or 'the resurrection of our faith.'

2014年6月24日火曜日

リバイバルの必要性(三)

リバイバルの必要性(三)
2014年6月24日、吉祥寺学び会
ゴットホルド・ベック

詩篇
26:2 主よ。私を調べ、私を試みてください。私の思いと私の心をためしてください。

139:23 神よ。私を探り、私の心を知ってください。私を調べ、私の思い煩いを知ってください。
139:24 私のうちに傷のついた道があるか、ないかを見て、私をとこしえの道に導いてください。

今、お読みになりました箇所とは、ダビデの告白であり、祈りです。人間はいろいろなことで悩むと、やはりダビデの祈りを自分のものにしなさいと言いたい気持ちです。時代遅れになりません。詩篇とは、本当に宝ものです。詩篇を読みならが祈って、祈りながら詩篇を読むと、見方が変わります。希望を持つようになります。あきらめる必要はない。主は生きておられます。

2014年6月23日月曜日

We Need the Revival 3

We Need the Revival 3
June 24th, 2014, Kichijouji Bible Study
Gotthold Beck

Psalms
26:2 Examine me, Lord, and inspect me! Test my heart and mind.
[International Standard Version]

139:23 Examine me, God, and know my mind, test me, and know my thoughts.
139:24 See if there is any offensive tendency in me, and lead me in the eternal way.

These verses we just read are the confession and prayer of David. When I see people who are distressed, I suggest to them to recite these prayers.. They will never become obsolete. The Psalms are so precious. If you pray reading the Psalms and read the Psalms with prayers, your vision will be changed. You will be given hope. You do not have to give it up. The Lord is alive.

2014年6月22日日曜日

マタイの福音書11章20~30節より

マタイの福音書11章20~30節より
2014年6月22日、岡山よろこびの集い
ゴットホルド・ベック

マタイ
11:20 それから、イエスは、数々の力あるわざの行なわれた町々が悔い改めなかったので、責め始められた。
11:21 「ああコラジン。ああベツサイダ。おまえたちのうちで行なわれた力あるわざが、もしもツロとシドンで行なわれたのだったら、彼らはとうの昔に荒布をまとい、灰をかぶって悔い改めていたことだろう。
11:22 しかし、そのツロとシドンのほうが、おまえたちに言うが、さばきの日には、まだおまえたちよりは罰が軽いのだ。
11:23 カペナウム。どうしておまえが天に上げられることがありえよう。ハデスに落とされるのだ。おまえの中でなされた力あるわざが、もしもソドムでなされたのだったら、ソドムはきょうまで残っていたことだろう。
11:24 しかし、そのソドムの地のほうが、おまえたちに言うが、さばきの日には、まだおまえよりは罰が軽いのだ。」
11:25 そのとき、イエスはこう言われた。「天地の主であられる父よ。あなたをほめたたえます。これらのことを、賢い者や知恵のある者には隠して、幼子たちに現わしてくださいました。
11:26 そうです、父よ。これがみこころにかなったことでした。
11:27 すべてのものが、わたしの父から、わたしに渡されています。それで、父のほかには、子を知る者がなく、子と、子が父を知らせようと心に定めた人のほかは、だれも父を知る者がありません。
11:28 すべて、疲れた人、重荷を負っている人は、わたしのところに来なさい。わたしがあなたがたを休ませてあげます。
11:29 わたしは心優しく、へりくだっているから、あなたがたもわたしのくびきを負って、わたしから学びなさい。そうすればたましいに安らぎが来ます。
11:30 わたしのくびきは負いやすく、わたしの荷は軽いからです。」

今、お読みになりました20節を、もう一回読みます。

2014年6月17日火曜日

リバイバルの必要性(二)

リバイバルの必要性(二)
2014年6月17月日、吉祥寺学び会
ゴットホルド・ベック

哀歌
3:40 私たちの道を尋ね調べて、主のみもとに立ち返ろう。
3:41 私たちの手をも心をも天におられる神に向けて上げよう。
3:42 「私たちはそむいて逆らいました。あなたは私たちを赦してくださいませんでした。」

もう一箇所、お読みいたします。ルカ伝の十八章から、よく知られている箇所です。

ルカ
18:9 自分を義人だと自任し、他の人々を見下している者たちに対しては、イエスはこのようなたとえを話された。
18:10 「ふたりの人が、祈るために宮に上った。ひとりはパリサイ人で、もうひとりは取税人であった。
18:11 パリサイ人は、立って、心の中でこんな祈りをした。『神よ。私はほかの人々のようにゆする者、不正な者、姦淫する者ではなく、ことにこの取税人のようではないことを、感謝します。
18:12 私は週に二度断食し、自分の受けるものはみな、その十分の一をささげております。』
18:13 ところが、取税人は遠く離れて立ち、目を天に向けようともせず、自分の胸をたたいて言った。『神さま。こんな罪人の私をあわれんでください。』
18:14 あなたがたに言うが、この人が、義と認められて家に帰りました。パリサイ人ではありません。なぜなら、だれでも自分を高くする者は低くされ、自分を低くする者は高くされるからです。」

聖書全体の言わんとしていることは、この十四節にまとめられているのではないでしょうか。「だれでも自分を高くする者は低くされ、自分を低くする者は高くされるからです。」

2014年6月16日月曜日

We Need the Revival [2]

We Need the Revival [2]
June 17th, 2014, Kichijouji Bible Study
Gotthold Beck

Lamentation
3:40 Let us examine our lifestyles, putting them to the test, and turn back to the Lord.
3:41 Let us lift up our hearts and our hands to God in heaven.
3:42 As for us, we have sinned and rebelled; but you have not pardoned us.
[International Standard Version]

Luke
18:9 Jesus also told this parable to some people who trusted in themselves, thinking they were righteous, but who looked down on everyone else:
18:10 “Two men went up to the Temple to pray. One was a Pharisee, and the other was a tax collector.
18:11 The Pharisee stood by himself and prayed, ‘O God, I thank you that I’m not like other people―thieves, dishonest people, adulterers, or even this tax collector.
18:12 I fast twice a week, and I give a tenth of my entire income.’
18:13 “But the tax collector stood at a distance and would not even look up to heaven. Instead, he continued to beat his chest and said, ‘O God, be merciful to me, the sinner that I am!’
18:14 I tell you, this man, rather than the other one, went down to his home justified, because everyone who exalts himself will be humbled, but the person who humbles himself will be exalted.”

What the whole Bible wants to tell us is summarized in this verse 14—“everyone who exalts himself will be humbled, but the person who humbles himself will be exalted.”

2014年6月10日火曜日

リバイバルの必要性(一)

リバイバルの必要性(一)
2014年6月10日、吉祥寺学び会
ゴットホルド・ベック

詩篇
26:2 主よ。私を調べ、私を試みてください。私の思いと私の心をためしてください。

139:23 神よ。私を探り、私の心を知ってください。私を調べ、私の思い煩いを知ってください。
139:24 私のうちに傷のついた道があるか、ないかを見て、私をとこしえの道に導いてください

もっとも大切なのは、主イエス様を知ることです。より良く知ることなのではないでしょうか。そのために必要なのは、いわゆるリバイバルです。英語の言葉も使いましょう。『リバイバル』という言葉です。

昔のリバイバル聖歌もありましたし、リバイバルという言葉は、確かに英語の言葉ですけれども、日本語に直すと、『霊的覚醒』、あるいは、信仰の復興、信仰の復活を意味します。眠ってしまった信じる者は、リバイバル、信仰の復興を必要とします。

2014年6月9日月曜日

We Need the Revival [1]

We Need the Revival [1]
June 10th, 2014, Kichijouji Bible Study
Gotthold Beck

Psalms
26:2 Examine me, Lord, and inspect me! Test my heart and mind.
[International Standard Version]

139:23 Examine me, God, and know my mind, test me, and know my thoughts.
139:24 See if there is any offensive tendency in me, and lead me in the eternal way.

Nothing is more important for us than to understand the Lord Jesus. What is required for this is the so-called 'revival.' I dare to use this English word, 'Revival.'

We used to sing a hymn for the revival. We often use this English word, 'revival' in Japanese conversation. It refers to the spiritual awakening, the reconstruction of faith or the resurrection of our faith. Believers who have fallen asleep need the revival—the reconstruction of their faith.

2014年6月3日火曜日

主を知る大切さ

主を知る大切さ
2014年6月3日、吉祥寺学び会
ゴットホルド・ベック

詩篇
139:23 神よ。私を探り、私の心を知ってください。私を調べ、私の思い煩いを知ってください。
139:24 私のうちに傷のついた道があるか、ないかを見て、私をとこしえの道に導いてください。

マラキ
3:10 十分の一をことごとく、宝物倉に携えて来て、わたしの家の食物とせよ。こうしてわたしをためしてみよ。――万軍の主は仰せられる。――わたしがあなたがたのために、天の窓を開き、あふれるばかりの祝福をあなたがたに注ぐかどうかをためしてみよ。

ピリピ
3:8 それどころか、私の主であるキリスト・イエスを知っていることのすばらしさのゆえに、いっさいのことを損と思っています。私はキリストのためにすべてのものを捨てて、それらをちりあくたと思っています。

今、読んできてくださった箇所の内容とは、「主イエス様を知る大切さ、必要性、また、可能性」についてなのではないかと思います。我々人間にとって、もっとも大切なのは、主イエス様を知ることです。どうしたら、イエス様をより良く知ることができるのでしょうか。二つのことが言えます。まず第一に、私たちが、主に試されることによってです。第二に、私たちが、主を試すことによってです。

2014年6月2日月曜日

The Importance of Knowing the Lord

The Importance of Knowing the Lord
June 3rd, 2014, Kichijouji Bible Study
Gotthold Beck

Psalms
139:23 Examine me, God, and know my mind, test me, and know my thoughts.
139:24 See if there is any offensive tendency in me, and lead me in the eternal way.
[International Standard Version]

Malachi
3:10 “Bring the entire tithe into the storehouse that there may be food in my house. So put me to the test in this right now,” says the Lord of the Heavenly Armies, “and see if I won’t throw open the windows of heaven for you and pour out on you blessing without measure.

Philippians
3:8 What is more, I continue to consider all these things to be a loss for the sake of what is far more valuable, knowing the Messiah Jesus, my Lord. It is because of him that I have experienced the loss of all those things. Indeed, I consider them rubbish in order to gain the Messiah.

These verses we just read tell us the “importance, necessity and possibility of knowing the Lord Jesus.” What is most important for us is to know the Lord Jesus. How can we understand Jesus better? Two things are necessary.

2014年5月27日火曜日

競争の規定

競争の規定
2014年5月27日、吉祥寺学び会
ゴットホルド・ベック

第一コリント
9:24 競技場で走る人たちは、みな走っても、賞を受けるのはただひとりだ、ということを知っているでしょう。ですから、あなたがたも、賞を受けられるように走りなさい。
9:25 また闘技をする者は、あらゆることについて自制します。彼らは朽ちる冠を受けるためにそうするのですが、私たちは朽ちない冠を受けるためにそうするのです。
9:26 ですから、私は決勝点がどこかわからないような走り方はしていません。空を打つような拳闘もしてはいません。
9:27 私は自分のからだを打ちたたいて従わせます。それは、私がほかの人に宣べ伝えておきながら、自分自身が失格者になるようなことのないためです。

今まで私たちは、キリスト者の生活の目的、また、使命につて、それから、信仰の戦い、また、勝利を得るための必要性について、一緒に考えてまいりました。

2014年5月20日火曜日

勝利を得るための戦い

勝利を得るための戦い
2014年5月20日、吉祥寺学び会
ゴットホルド・ベック

第一コリント
9:26 ですから、私は決勝点がどこかわからないような走り方はしていません。空を打つような拳闘もしてはいません。
9:27 私は自分のからだを打ちたたいて従わせます。それは、私がほかの人に宣べ伝えておきながら、自分自身が失格者になるようなことのないためです。

パウロは、はっきり解かった。失格者になる可能性がある。救われていても、主の働きのために全く役に立たない人になる可能性があるとあります。

今朝の題名は、「勝利を得る為の戦い」とつけようと思います。我々の人生において、もっとも大切なことは、言うまでもなく、救い主を持つことです。すなわち、イエス様を体験的に知ることです。救いの神を知ることによって初めて、私たちは、この地上において、本当に満たされた生活を送ることができます。

2014年5月19日月曜日

The Battle to Win the Victory

The Battle to Win the Victory
May 20th, 2014, Kichijouji Bible Study
Gotthold Beck

1 Corinthians
9:26 That is the way I run, with a clear goal in mind. That is the way I fight, not like someone shadow boxing.
9:27 No, I keep on disciplining my body, making it serve me so that after I have preached to others, I myself will not somehow be disqualified.
[International Standard Version]

Paul clearly understood that he might be disqualified. Even though he was saved, there was a possibility that he might be totally useless for the work of the Lord, as is written in here.

I would like to entitle the sermon of this morning as “The Battle to Win the Victory.” Needless to say, the most important goal in our life is to have the savior. In other words, it is to know Jesus from experience. Unless we know the God of salvation, we can't live a fulfilled life in this world.

2014年5月18日日曜日

主を恐れること(2014年、富山)

主を恐れること

2014年5月18日、富山よろこびの集い
ゴットホルド・ベック

詩篇
33:8 全地よ。主を恐れよ。世界に住む者よ。みな、主の前におののけ。

33:18 見よ。主の目は主を恐れる者に注がれる。その恵みを待ち望む者に。

103:13 父がその子をあわれむように、主は、ご自分を恐れる者をあわれまれる。

128:4 見よ。主を恐れる人は、確かに、このように祝福を受ける。

今、読んで来てくださった箇所を見ても分かります。もっとも大切なことは、主を知ることだけではなくて、主を恐れることなのではないでしょうか。主が恐いからではない。聖なるお方であるからです。『主を恐れればオーケー』と、言えるのではないでしょうか。ですから、今朝の題名は、流れる祝福の秘訣とは何でしょうか、すなわち、今、話したように、『主を恐れること』です。

2014年5月15日木曜日

救われた目的は?

救われた目的は?
2014年5月14日、春日部家庭集会(午前の部)
ゴットホルド・ベック

エペソ
6:10 終わりに言います。主にあって、その大能の力によって強められなさい。
6:11 悪魔の策略に対して立ち向かうことができるために、神のすべての武具を身に着けなさい。
6:12 私たちの格闘は血肉に対するものではなく、主権、力、この暗やみの世界の支配者たち、また、天にいるもろもろの悪霊に対するものです。
6:13 ですから、邪悪な日に際して対抗できるように、また、いっさいを成し遂げて、堅く立つことができるように、神のすべての武具をとりなさい。
6:14 では、しっかりと立ちなさい。腰には真理の帯を締め、胸には正義の胸当てを着け、
6:15 足には平和の福音の備えをはきなさい。
6:16 これらすべてのものの上に、信仰の大盾を取りなさい。それによって、悪い者が放つ火矢を、みな消すことができます。
6:17 救いのかぶとをかぶり、また御霊の与える剣である、神のことばを受け取りなさい。

今、読んできたくださった箇所は、パウロが、エペソという街に住んでいる兄弟姉妹の送ったものです。どうしてであるかと言いますと、救われていても、どうして救われたのか、何のために救われたのか、救われた目的とは、いったい何なのでしょうか・・・・と、考えるべきだったからです。

2014年5月14日水曜日

へりくだるとは?(2014年春日部)

へりくだるとは?
2014年5月14日、春日部家庭集会(夜)
ゴットホルド・ベック

ピリピ
3:8 それどころか、私の主であるキリスト・イエスを知っていることのすばらしさのゆえに、いっさいのことを損と思っています。私はキリストのためにすべてのものを捨てて、それらをちりあくたと思っています。それは、私には、キリストを得、また、
3:9 キリストの中にある者と認められ、律法による自分の義ではなくて、キリストを信じる信仰による義、すなわち、信仰に基づいて、神から与えられる義を持つことができる、という望みがあるからです。
3:10 私は、キリストとその復活の力を知り、またキリストの苦しみにあずかることも知って、キリストの死と同じ状態になり、
3:11 どうにかして、死者の中からの復活に達したいのです。
3:12 私は、すでに得たのでもなく、すでに完全にされているのでもありません。ただ捕えようとして、追求しているのです。そして、それを得るようにとキリスト・イエスが私を捕えてくださったのです。
3:13 兄弟たちよ。私は、自分はすでに捕えたなどと考えてはいません。ただ、この一事に励んでいます。すなわち、うしろのものを忘れ、ひたむきに前のものに向かって進み、
3:14 キリスト・イエスにおいて上に召してくださる神の栄冠を得るために、目標を目ざして一心に走っているのです。

人間はみな、変えられなければなりません。即ち、人間はあらゆる束縛から、あらゆる孤独から、あらゆるみじめさから、解放されなければなりません。けど、人間はいくら努力しても、相変わらずみじめで、寂しくて、束縛されています。人間を変えるために、イエス様はこの世に来てくださいました。よく、引用される箇所です。

2014年5月13日火曜日

主にあって喜べ

主にあって喜べ
2014年5月13日、吉祥寺学び会
ゴットホルド・ベック

第一テサロニケ
5:16 いつも喜んでいなさい。
5:17 絶えず祈りなさい。
5:18 すべての事について、感謝しなさい。これが、キリスト・イエスにあって神があなたがたに望んでおられることです。

今、読んできてくださった言葉は、もちろん、多くの人々にとって知られている言葉であり、けど、『もう、わかった、そうしよう!』と思っても、そんなに簡単なものではない。

2014年5月12日月曜日

Rejoice in the Lord

Rejoice in the Lord
May 13th, 2014, Kichijouji Bible Study
Gotthold Beck


1 Thessalonians
5:16 Always be joyful.
5:17 Continually be prayerful.
5:18 In everything be thankful, because this is God’s will for you in the Messiah Jesus.
[International Standard Version]

These verses we just read are well known to many people. Although they seem to be simple things to do, they are not so easy to put into practice. Many commandments in the Bible are written not to be followed, but to be broken.

2014年5月11日日曜日

主の御心とは何か

主の御心とは何か
2014年5月11日、札幌よろこびの集い
ゴットホルド・ベック

第1テサロニケ
5:16 いつも喜んでいなさい。
5:17 絶えず祈りなさい。
5:18 すべての事について、感謝しなさい。これが、キリスト・イエスにあって神があなたがたに望んでおられることです。

今年の札幌のよろこびの集いのパンフレットに今、読んでもらいました箇所が、書き記されたのです。『いつも喜んでいなさい。絶えず祈りなさい。すべての事について、感謝しなさい。これが、キリスト・イエスにあって神があなたがた、札幌に集まった人々に、望んでおられることです。』そうか、そうしましょう・・・と思っても、なかなか、うまく行きません。けども、今回の集いの目的も、結局、何でもできる主イエス様を紹介するためのものです。人間は何をすべきか、どういう態度を取るべきか、よりも、イエス様から目を離さないでいなさい。これこそが勝利の秘訣なのではないでしょうか。

2014年5月8日木曜日

主イエス様の流された血

主イエス様の流された血
2014年5月8日、市川家庭集会
ゴットホルド・ベック


第1ヨハネ
1:7 しかし、もし神が光の中におられるように、私たちも光の中を歩んでいるなら、私たちは互いに交わりを保ち、御子イエスの血はすべての罪から私たちをきよめます。


毎日、いわゆるニュースを見ると認めざるを得ない。すなわち、良いニュースはあまりない。ニュースを見て、うれしくなる、楽しくなる、賛美したくなるようなニュースはあまりないのではないでしょうか。けど、今、読んでもらいました箇所こそが、良いニュースなのではないでしょうか。『御子イエスの血はすべての罪から私たちをきよめます。』過去の罪、現在の罪、将来の罪から清められるとは、考えられない良いニュースなのではないでしょうか。

ある人が、次のように手紙でもって書いたのです。『私は、なかなか悔い改めができなくなって、聖霊を悲しませている弱い者です。』言うまでもなく、そういう気持ちを持つことは大切でありましょうけど、けど、さらに前進しなければならない。主はまことの礼拝者を求めておられます。すなわち、感謝にあふれ、心から主を崇拝せざるを得ない人々を求めておられます。イエス様を信じる者は多いでしょうけど、まことの礼拝者は少ないのではないでしょうか。

2014年5月5日月曜日

十字架こそ唯一の救いである

十字架こそ唯一の救いである
2014年5月5日、喜びへのコンサート(御代田)
ゴットホルド・ベック

今日は、喜びへのコンサートですけれど、それにちなんだお話を少しばかりいたしたいと思います。主題は、「十字架こそ唯一の救いである」というものです。

これから最初にお話することは、本当にあった出来事です。私も何年間か、スイスという国に住んでいました。あるスイス人が、大学生と向かい合っていろいろな話をしていました。彼らは、時の経つのを忘れるほど、いろいろなことを話し合ったのですが、一段落して、このスイス人は大学の窓の外を指差しました。そこには、畑もあれば、牧場もあり、果樹園もあれば、美しい湖もあり、その後ろには、雪におおわれた大きな山々が聳えていました。「これはすべて私のものです、これは私の楽園です」とそのスイス人は言いました。彼は、たいへんな金持ちで、欲しいものは何でも持っていました。

2014年5月4日日曜日

救われた目的(2014年)

救われた目的(2014年)
2014年5月4日、御代田福音集会
ゴットホルド・ベック

エペソ
6:10 終わりに言います。主にあって、その大能の力によって強められなさい。
6:11 悪魔の策略に対して立ち向かうことができるために、神のすべての武具を身に着けなさい。
6:12 私たちの格闘は血肉に対するものではなく、主権、力、この暗やみの世界の支配者たち、また、天にいるもろもろの悪霊に対するものです。
6:13 ですから、邪悪な日に際して対抗できるように、また、いっさいを成し遂げて、堅く立つことができるように、神のすべての武具をとりなさい。
6:14 では、しっかりと立ちなさい。腰には真理の帯を締め、胸には正義の胸当てを着け、
6:15 足には平和の福音の備えをはきなさい。
6:16 これらすべてのものの上に、信仰の大盾を取りなさい。それによって、悪い者が放つ火矢を、みな消すことができます。
6:17 救いのかぶとをかぶり、また御霊の与える剣である、神のことばを受け取りなさい。

今、(岡本)雅文兄弟は、『30年前にイエス様に出会ったけど、あまり成長していない。』これこそ、成長した証拠ではないでしょうか。私も、69年前に、イエス様に会って、イエス様を信じ、救われたのですけど、大した者ではない。イエス様はどうして捨てないのか、いくら考えても分かりません。恵み深い、比類なきお方です。

今日は少しだけ、救われた目的について、持つべき目的について、一緒に考えてみたいと思います。我々の人生において最も大切なことは、救い主を持つことです。救い主について、知識を得ることではなく、救いを自分のものにすることです。結局、イエス様を体験的に知ることです。そして、救いの神を知るようになった人々の証しとは、次のようなものでしょう。3000年前にダビデは、詩篇118編14節に書かれています。

2014年5月1日木曜日

「永遠の愛」に導かれたお母様(葬儀メッセージ)

「永遠の愛」に導かれたお母様
2014年5月1日、葬儀(吉祥寺)
ゴットホルド・ベック

第一コリント
9:26 ですから、私は決勝点がどこかわからないような走り方はしていません。空を打つような拳闘もしてはいません。
9:27 私は自分のからだを打ちたたいて従わせます。それは、私がほかの人に宣べ伝えておきながら、自分自身が失格者になるようなことのないためです。

H姉妹のご逝去はご家族の皆様にとっては大きなショックであったのではないかと思います。死が突然やって来ることを私たちはお母さんの死を通して考えなければなりません。でも、「備えあれば憂いなし」と言います。

2014年4月29日火曜日

主イエス様の心構え

主イエス様の心構え
2014年4月29日、吉祥寺学び会
ゴットホルド・ベック

ピリピ
2:1 こういうわけですから、もしキリストにあって励ましがあり、愛の慰めがあり、御霊の交わりがあり、愛情とあわれみがあるなら、
2:2 私の喜びが満たされるように、あなたがたは一致を保ち、同じ愛の心を持ち、心を合わせ、志を一つにしてください。
2:3 何事でも自己中心や虚栄からすることなく、へりくだって、互いに人を自分よりもすぐれた者と思いなさい。
2:4 自分のことだけではなく、他の人のことも顧みなさい。
2:5 あなたがたの間では、そのような心構えでいなさい。それはキリスト・イエスのうちにも見られるものです。
2:6 キリストは、神の御姿であられる方なのに、神のあり方を捨てることができないとは考えないで、
2:7 ご自分を無にして、仕える者の姿をとり、人間と同じようになられたのです。
2:8 キリストは人としての性質をもって現われ、自分を卑しくし、死にまで従い、実に十字架の死にまでも従われたのです。
2:9 それゆえ、神は、キリストを高く上げて、すべての名にまさる名をお与えになりました。
2:10 それは、イエスの御名によって、天にあるもの、地にあるもの、地の下にあるもののすべてが、ひざをかがめ、
2:11 すべての口が、「イエス・キリストは主である。」と告白して、父なる神がほめたたえられるためです。

今、歌いましたのは、必ず毎週、同じ歌になります。二百十二番ですね。三節に、「一つ」という言葉が七回も出てきます。結局、一つになることこそが、もっとも大切なのではないでしょうか。もう一回、同じ箇所から読みます。

2014年4月28日月曜日

The Determination of the Lord Jesus

The Determination of the Lord Jesus
April 29th, 2014, Kichijouji Bible Study
Gotthold Beck

Philippians
2:1 Therefore, if there is any encouragement in the Messiah, if there is any comfort of love, if there is any fellowship in the Spirit, if there is any compassion and sympathy,
2:2 then fill me with joy by having the same attitude, sharing the same love, being united in spirit, and keeping one purpose in mind.
2:3 Do not act out of selfish ambition or conceit, but with humility think of others as being better than yourselves.
2:4 Do not be concerned about your own interests, but also be concerned about the interests of others.
2:5 Have the same attitude among yourselves that was also in the Messiah Jesus:
2:6 In God’s own form existed he, and shared with God equality, deemed nothing needed grasping.
2:7 Instead, poured out in emptiness, a servant’s form did he possess, a mortal man becoming. In human form he chose to be,
2:8 and lived in all humility, death on a cross obeying.
2:9 Now lifted up by God to heaven, a name above all others given, this matchless name possessing.
2:10 And so, when Jesus’ name is called, the knees of everyone should fall wherever they’re residing.
2:11 Then every tongue in one accord, will say that Jesus the Messiah is Lord, while God the Father praising.
[International Standard Version]

We just sang the song we sing every week. In this song 212, verse 3, the word 'one' appears seven times. After all, it is most important for us to become one. Let me read the same verses, from verse 2;

2014年4月27日日曜日

よみがえりの主

よみがえりの主
2014年4月27日、沖縄よろこびの集い
ゴットホルド・ベック

第一コリント
15:3 私があなたがたに最も大切なこととして伝えたのは、私も受けたことであって、次のことです。キリストは、聖書の示すとおりに、私たちの罪のために死なれたこと、
15:4 また、葬られたこと、また、聖書に従って三日目によみがえられたこと、
15:5 また、ケパに現われ、それから十二弟子に現われたことです。
15:6 その後、キリストは五百人以上の兄弟たちに同時に現われました。その中の大多数の者は今なお生き残っていますが、すでに眠った者もいくらかいます。
15:7 その後、キリストはヤコブに現われ、それから使徒たち全部に現われました。
15:8 そして、最後に、月足らずで生まれた者と同様な私にも、現われてくださいました。
15:9 私は使徒の中では最も小さい者であって、使徒と呼ばれる価値のない者です。なぜなら、私は神の教会を迫害したからです。

コリント第一の手紙の15章(13章)は、『愛の書』と呼ばれています。この15章は、『よみがえりの書』と呼ばれているところです。イエス様は復活なさいました。我々の主は、生きておられるお方です。

2014年4月22日火曜日

イエスから目を離さないで

イエスから目を離さないで
2014年4月22日、吉祥寺学び会
ゴットホルド・ベック

ヘブル
12:2 信仰の創始者であり、完成者であるイエスから目を離さないでいなさい。イエスは、ご自分の前に置かれた喜びのゆえに、はずかしめをものともせずに十字架を忍び、神の御座の右に着座されました。

第二コリント
4:18 私たちは、見えるものにではなく、見えないものにこそ目を留めます。見えるものは一時的であり、見えないものはいつまでも続くからです。

今、読んでくださった二箇所は、非常に、信じる者にとって大切なのではないでしょうか。イエスから目を離さないでいなさい。離すと必ず後悔します。目を高く上げよ。これこそが、みことばの呼びかけなのではないでしょうか。私たちは、見えるものにではなく、見えないものに目を留めます。見えるものは一時的であり、見えないものはいつまでも続くからです。初代教会の兄弟姉妹は、この態度を取ったのです。そうしないと、結局、つまずくのです。絶えられないことになります。『落ち込むようになる』と、彼らは、もちろん、解かりました。

2014年4月21日月曜日

Fix your Attention on Jesus

Fix your Attention on Jesus
April 22nd, 2014, Kichijouji Bible Study
Gotthold Beck

Hebrews
12:2 fixing our attention on Jesus, the pioneer and perfecter of the faith, who, in view of the joy set before him, endured the cross, disregarding its shame, and has sat down at the right hand of the throne of God.
[International Standard Version]

2 Corinthians
4:18 because we do not look for things that can be seen but for things that cannot be seen. For things that can be seen are temporary, but things that cannot be seen are eternal.

These two verses we just read are extremely important for believers. “Fix your attention on Jesus.” Otherwise, you will absolutely regret it later. “Look up high.” This exactly is the central message of the Bible. “We do not look for things that can be seen but for things that cannot be seen. For things that can be seen are temporary, but things that cannot be seen are eternal.” Brothers and sisters in early churches took this very attitude. Otherwise, they would have stumbled after all, which would have been unbearable for them. They would have been discouraged (in their faith). They understood clearly.

2014年4月20日日曜日

よみがえりの主イエス

よみがえりの主イエス
2014年4月20日、松山よろこびの集い
ゴットホルド・ベック

ヨハネ
20:1 さて、週の初めの日に、マグダラのマリヤは、朝早くまだ暗いうちに墓に来た。そして、墓から石が取りのけてあるのを見た。

20:11 しかし、マリヤは外で墓のところにたたずんで泣いていた。そして、泣きながら、からだをかがめて墓の中をのぞき込んだ。
20:12 すると、ふたりの御使いが、イエスのからだが置かれていた場所に、ひとりは頭のところに、ひとりは足のところに、白い衣をまとってすわっているのが見えた。

2014年4月17日木曜日

主の前に静まれ(2014年春日部)

主の前に静まれ
2014年4月16日、春日部家庭集会
ゴットホルド・ベック

イザヤ
40:25 「それなのに、わたしを、だれになぞらえ、だれと比べようとするのか。」と聖なる方は仰せられる。
40:26 目を高く上げて、だれがこれらを創造したかを見よ。この方は、その万象を数えて呼び出し、一つ一つ、その名をもって、呼ばれる。この方は精力に満ち、その力は強い。一つももれるものはない。
40:27 ヤコブよ。なぜ言うのか。イスラエルよ。なぜ言い張るのか。「私の道は主に隠れ、私の正しい訴えは、私の神に見過ごしにされている。」と。
40:28 あなたは知らないのか。聞いていないのか。主は永遠の神、地の果てまで創造された方。疲れることなく、たゆむことなく、その英知は測り知れない。
40:29 疲れた者には力を与え、精力のない者には活気をつける。
40:30 若者も疲れ、たゆみ、若い男もつまずき倒れる。
40:31 しかし、主を待ち望む者は新しく力を得、鷲のように翼をかって上ることができる。走ってもたゆまず、歩いても疲れない。

41:1 島々よ。わたしの前で静まれ。諸国の民よ。新しい力を得よ。近寄って、今、語れ。われわれは、こぞって、さばきの座に近づこう。

この41章の1節に、『わたしの前で静まれ』と書かれています。もちろん、主の提案ではなく、はっきりとした命令です。似ている言葉はもちろん、たくさんあります。エレミア哀歌の中で、『主の救いを黙って待つのは良い』とも、書かれています。詩篇の作者であるダビデは、

2014年4月16日水曜日

血潮の絶大的な価値(2014年春日部)

血潮の絶大的な価値
2014年4月16日、春日部家庭集会(夜の部)
ゴットホルド・ベック

エペソ
1:7 私たちは、この御子のうちにあって、御子の血による贖い、すなわち罪の赦しを受けているのです。これは神の豊かな恵みによることです。

コロサイ
1:14 この御子のうちにあって、私たちは、贖い、すなわち罪の赦しを得ています。

ヘブル
9:14 まして、キリストが傷のないご自身を、とこしえの御霊によって神におささげになったその血は、どんなにか私たちの良心をきよめて死んだ行ないから離れさせ、生ける神に仕える者とすることでしょう。

前に、一緒に歌った歌の中で、『十字架の血潮で、罪、咎を洗われ、滅び行くこの身を、救われた喜び♪』という言葉がありました。

2014年4月15日火曜日

目標をめざす旅人

目標をめざす旅人
2014年4月15日、吉祥寺学び会
ゴットホルド・ベック

ヘブル
11:8 信仰によって、アブラハムは、相続財産として受け取るべき地に出て行けとの召しを受けたとき、これに従い、どこに行くのかを知らないで、出て行きました。
11:9 信仰によって、彼は約束された地に他国人のようにして住み、同じ約束をともに相続するイサクやヤコブとともに天幕生活をしました。
11:10 彼は、堅い基礎の上に建てられた都を待ち望んでいたからです。その都を設計し建設されたのは神です。
11:11 信仰によって、サラも、すでにその年を過ぎた身であるのに、子を宿す力を与えられました。彼女は約束してくださった方を真実な方と考えたからです。
11:12 そこで、ひとりの、しかも死んだも同様のアブラハムから、天に星のように、また海べの数えきれない砂のように数多い子孫が生まれたのです。
11:13 これらの人々はみな、信仰の人々として死にました。約束のものを手に入れることはありませんでしたが、はるかにそれを見て喜び迎え、地上では旅人であり寄留者であることを告白していたのです。
11:14 彼らはこのように言うことによって、自分の故郷を求めていることを示しています。
11:15 もし、出て来た故郷のことを思っていたのであれば、帰る機会はあったでしょう。
11:16 しかし、事実、彼らは、さらにすぐれた故郷、すなわち天の故郷にあこがれていたのです。それゆえ、神は彼らの神と呼ばれることを恥となさいませんでした。事実、神は彼らのために都を用意しておられました。
11:17 信仰によって、アブラハムは、試みられたときイサクをささげました。彼は約束を与えられていましたが、自分のただひとりの子をささげたのです。
11:18 神はアブラハムに対して、「イサクから出る者があなたの子孫と呼ばれる。」と言われたのですが、
11:19 彼は、神には人を死者の中からよみがえらせることもできる、と考えました。それで彼は、死者の中からイサクを取り戻したのです。これは型です。

何年か前に、東京の港区にあるドイツ大使館に行きまして、ちょっと驚いたんです。大きな字で、何を書いてあったかと言いますと、「人間はみな外人です。」飛行機に乗って、二時間で上海に行くと、みんな外人になる。

2014年4月14日月曜日

Strangers Walking toward the Goal

Strangers Walking toward the Goal
April 8th, 2014, Kichijouji Bible Study
Gotthold Beck

Hebrews
11:8 By faith Abraham, when called to go to a place he would later receive as his inheritance, obeyed and went, even though he did not know where he was going.
11:9 By faith he made his home in the promised land like a stranger, living in tents, as did Isaac and Jacob, who also inherited the same promise,
11:10 because he was waiting for the city with permanent foundations, whose architect and builder is God.
11:11 By faith Sarah, even though she was old and barren, received the strength to conceive, because she was convinced that the one who had made the promise was faithful.
11:12 Abraham was as good as dead, yet from this one man came descendants as numerous as the stars in the sky and as countless as the sand on the seashore.
11:13 All these people died having faith. They did not receive the things that were promised, yet they saw them in the distant future and welcomed them, acknowledging that they were strangers and foreigners on earth.
11:14 For people who say such things make it clear that they are looking for a country of their own.
11:15 If they had been thinking about what they had left behind, they would have had an opportunity to go back.
11:16 Instead, they were longing for a better country, that is, a heavenly one. That is why God is not ashamed to be called their God, because he has prepared a city for them.
11:17 By faith Abraham, when he was tested, offered Isaac―he who had received the promises was about to offer his unique son in sacrifice,
11:18 about whom it had been said, “It is through Isaac that descendants will be named for you.”
11:19 Abraham was certain that God could raise the dead, and figuratively speaking, he did get Isaac back in this way.
[International Standard Version]

A few years ago, I went to the German Embassy in Minato-ku, Tokyo. I was surprised when I saw a sign in big letters saying “All men are foreigners.” Well, if we take a flight to Shanghai, we all become foreigners within just a couple of hours.

2014年4月8日火曜日

まことの礼拝とは何か

まことの礼拝とは何か
2014年4月8日、吉祥寺学び会
ゴットホルド・ベック

ヨハネ
4:23 しかし、真の礼拝者たちが霊とまことによって父を礼拝する時が来ます。今がその時です。父はこのような人々を礼拝者として求めておられるからです。
4:24 神は霊ですから、神を礼拝する者は、霊とまことによって礼拝しなければなりません。」

マタイ
14:24 しかし、舟は、陸からもう何キロメートルも離れていたが、風が向かい風なので、波に悩まされていた。
14:25 すると、夜中の三時ごろ、イエスは湖の上を歩いて、彼らのところに行かれた。
14:26 弟子たちは、イエスが湖の上を歩いておられるのを見て、「あれは幽霊だ。」と言って、おびえてしまい、恐ろしさのあまり、叫び声を上げた。
14:27 しかし、イエスはすぐに彼らに話しかけ、「しっかりしなさい。わたしだ。恐れることはない。」と言われた。
14:28 すると、ペテロが答えて言った。「主よ。もし、あなたでしたら、私に、水の上を歩いてここまで来い、とお命じになってください。」
14:29 イエスは「来なさい。」と言われた。そこで、ペテロは舟から出て、水の上を歩いてイエスのほうに行った。
14:30 ところが、風を見て、こわくなり、沈みかけたので叫び出し、「主よ。助けてください。」と言った。
14:31 そこで、イエスはすぐに手を伸ばして、彼をつかんで言われた。「信仰の薄い人だな。なぜ疑うのか。」
14:32 そして、ふたりが舟に乗り移ると、風がやんだ。

このヨハネ伝、四章二十三節、二十四節を見ると、真の礼拝者という表現が出てきます。本物があれば、偽物もある。本物がなければ、誰も偽物を作ろうとしない。真の礼拝者もいるし、表面的に礼拝する人もいる。けど、真の礼拝者たちは、探し求めておられます。